りんごのきもち

Wacom Mobile Studio Pro(MSP)に限らず、どのメーカーもAppleの包括的なビジネス戦略に対抗し得る製品を販売できるのか、むしろ、Appleが飛び抜けて異質なだけのように思います。

 

例えばMSPで言えば、

 

  • Wacomの開発したwOS
  • Wacomが審査・管理し一元的に配布するwOSのApp
  • Wacomが開発・製造したCPU W12X
  • そしてWacomのMSP〜wPad

 

‥‥みたいな話になります。普通、一企業じゃ無理です。マイクロソフトでも難しいですよネ。

 

ですから、Appleを引き合いにだして、他は云々‥‥というのは、ある意味、反則技なのかも知れません。Appleは異質そのものですもん。

 

 

 

1998年頃、Appleは買収されて消滅すると多くの人が思っていました。Mac/Winの両「信者」の戦いは、Win信者の勝利のように思われ、数多くの人々がAppleの落ちぶれようを嘲笑したものです。

 

しかし、嘲笑した人々は、2020年現在、結構多くがiPhoneを使ってたりしますよネ。

 

時代や運命って、ほんとに先が読めません。

 

私はAppleがこんなに世界有数の大企業になるなんて思ってませんでしたし。

 

Macは使ってましたけど、Windowsマシンも使ってました。なんとなく、Macのほうが、「個人が自宅で使って、馴染む感じ」がしたので、自宅ではMacを使っていました。

 

私はiPhone3の頃から使っていますが、これもガラケーがどうしても使いにくくて、いちかばちかで、iPhoneを買ってみただけのことです。ぶっちゃけ、携帯電話までAppleでなくても良いと思っていましたし、当時は全然iPhoneが流行ってなくて、多くの人が「iPhoneは日本では流行らない。日本はガラケー文化。」と思っていた時代です。

 

そしたら、何よ。iPhoneがここまで売れまくるとは。‥‥しかも、ガラケー万歳だった日本で。

 

 

 

Appleが危ういところは、まさに「人でAppleが激変する」のを、Apple自身が過去に証明したことです。ジョブズが復帰しなかったら、今頃、Appleは存在してないですよネ。

 

スカリーやアメリオなどの経営トップのままだったら、Appleはここまで持ち直して巨大になれなかったでしょう。多分、消えてた。

 

つまり、ジョブズが亡くなって久しい現在、ティムが引退するなり舵取りを誤ったりすると、そのあとは大転覆することもあり得る‥‥ことです。

 

Appleくらい金をもってれば転覆なんて‥‥と思う人もいるでしょうが、どんな大型の船でも、不沈艦の誉れ高い超弩級戦艦でも、虻のような雷撃機編隊に囲まれれば、撃沈する時は撃沈するでしょう。Appleは80年代の頃に既に大企業だったわけですが、90年代に買収&消滅寸前までいきましたし。

 

私自身、表面から見れば「Apple依存症」のように見えますが、心の奥では「いつまた、危機がやってくるか」を常に抱いています。前回の危機をリアルタイムで、ユーザとしてリアルに体験したので、安易に楽天的に「もう大丈夫」なんて思えないです。

 

年ごとの収益報告の記事を読むたびに、「今年もなんとかなったのね。Apple。」とひと安心します。あくまで、ひと安心。Appleが変な方向に進み始めて、コンピュータに情熱をなくしたら‥‥とか、たまに考えて、Apple亡き後にどのように仕事するかまで考えます。‥‥98年頃にそう思ったのと同じく。

 

Windows100%の人々を見ていて思うのは、まさかWindowsが無くなるわけがない、マイクロソフトは永遠だ‥‥という潜在的な安心感を抱いている様子です。もっと言えば、あまりコンピュータに興味のない人が多いように感じます。

 

目的意識がある人は、Mac/Winの両方にいるでしょうが、惰性で使う人々はわざわざAppleのmacOSを選ばないので、Winのほうが多く感じるのでしょうネ。

 

 

 

Appleって、かじられた林檎がトレードマークですよね。かじられて欠けた林檎‥‥って、随分と遊び心がありますよね。

 

他の企業、特に日本の大企業なら、「欠けてるなんて縁起が悪い。理想をデザイン化すべき!」とか言いそうですが、そんな日本の企業よりも遥かに巨大なAppleが「欠けた林檎」を掲げるのは、日本大企業に欠けている要素を逆に象徴しているようにすら思います。

 

日本のアニメ産業も、実は「欠けた林檎」なんじゃないかな‥‥と思うことがあります。

 

アニメ作品に皆が求めるのは何? 完全に成長した何一つ欠けることのない完全体のストーリー? ‥‥むしろ、不完全ゆえに何かで補おうとする強い欲求じゃないのかな‥‥と思うのです。

 

Appleは隙間企業のように、私は思っていました。Windowsが手を出さない隙間をどんどん突いて、ユーザ数を挽回したのが2000年以降のAppleの道筋のように感じます。

 

アニメって、「人々の心の隙間」産業のように思います。

 

人間の表向きの社交ではない、裏側の弱さを支える役割を、マンガもアニメも担ってきたはず。その隙間を忘れて、大企業の完全完璧指向が幅を聞かせて、隙間産業が体現できましょうか。

 

欠けているからこそ、何かを欲して、何かを見つけられる。

 

 

 

アニメ産業だけではないです。

 

かつて日本の企業が、僅かな隙間でも入り込んで自分たちの居場所を作ろうと無我夢中でモノを作り出していた時代。

 

それを忘れ、自分たちは完全体になったと過信して錯覚し、隙間や欠けた部分や不完全な状態の大切さを忘れたがゆえに、伸びしろを見失っているんじゃないですかね。今の日本って。

 

 

 

アニメ制作会社は、どんな企業をモデルにしますか? マイクロソフト、IBM?

 

私は「欠けたりんごのきもち」を掲げるAppleに、人々の隙間に寄り添う「マイノリティ」の道筋を見るのです。Appleがマイノリティだなんて、笑われるかも知れませんが。

 

1984のCMの中で、ただ一人、警備を振り切って、囚人たちの中を駆け抜ける女性。‥‥まさに、あれです。

 

 



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