NO FATEはFATEだった。

思えば、私が高校生の頃にバッハ生誕300年で、毎日のようにFMでバッハの曲を聴けたのは、運命としか言いようがないです。300年のモニュメンタルな年じゃなかったら、あそこまでバッハをエアチェックできなかったですもんネ。

 

でも、違う視点で考えると、バッハ生誕300年でFMで頻繁にバッハの曲が流れていても、全くバッハに興味を抱かなかった人もかなり多かったわけです。

 

つまり、「時代の運命」も、当人次第です。

 

当人がもともと有していた個性に対して、計らずして時代性が作用して、個性の傾向が強調されるのかも知れません。

 

 

 

「ロスジェネ」と呼ばれる世代も、その世代が全員ロストしているわけじゃないですしネ。アニメ業界には「就職氷河期」なんて関係なかったし。ついでに言えば、バブルも関係なかったです。ロスジェネと呼ばれる年齢層でも活躍している人は多いです。

 

戦中に少年時代を過ごし、戦争が原因で両親を失った私の父を見て思いますが、戦争孤児の全員が全員、根無草のような性質を持つわけではないです。私の父は執拗に「A級戦犯」の話を持ち出しますが、父自身が家庭を顧みず恐ろしいほどのお金をギャンブルに注ぎ込んだ「我が家のA級戦犯」と化したのは、どうしたことか。

 

運命や宿命って、やっぱり、本人の「つかいよう」だと思います。

 

人は、自分の生まれるタイミングを調整できませんよネ。ですから、どうやっても、時代の宿命・運命の影響下からは逃れられません。

 

ロスジェネだ就職氷河期だと40を過ぎても言い続ける当人は、20年間をどのように過ごしてきたのか。今までの20年間の運命をどのように使ってきたのか。

 

戦争で両親を失った父は、A級戦犯への怨念を、結局はプラスに転じられないまま、やがて死を迎えるでしょう。孤児となって引き取られた先の家でミジメな思いもしたでしょうが、それが様々にマイナス要素に繋がっているのを見ると、運命をどうしてもプラスに転ずることができない人間もいることを、まさに身内ゆえにまざまざと実感します。

 

 

 

私は小さい頃から、「ひがむ」のは嫌でした。小さいながらに、「ひがんだって、何も解決しない」と思ってたんですよネ。

 

私の「えずら」という名前は、響きが変で、よく間違えて呼ばれたり、「へんな なまえ〜」とか嘲笑う子供もいて、もっと一般的な「田中」とか「鈴木」とかの名前が良かったと、子供心に思っていました。なので、学年が変わってクラス替えがある学期初めは特にイヤだったものです。

 

名前は変えられない。

 

でも、一般的な苗字をもつ他の子供のことを、羨んでどうなるのか。

 

ひがんでも何も変わらないじゃないか。

 

‥‥というのを、小学校に入る頃から中学生くらいの間に経験したので、実は、そのことが後の自分の人生において「良かった」のだと今は実感できます。その当時は抜け出せない呪いのように悩んでいても、です。

 

中学生になれば、生涯の親友とも言える人間とも巡り合って、女の子に「えずらくん」とも呼ばれたら「えずら」という響きも満更でもなくて嬉しいもので、やがて「変な名前、全然OK」と思えるようになりました。

 

一方で、なぜ、あいつは俺の親友になってくれたんだろう、なぜ、あの子は好きになってくれたんだろう‥‥と思うと、「名前なんかじゃない」と解ったのです。サラ・コナーじゃないですが「NO FATE」です。

 

いやでも、実は「FATE」なんですけどネ。

 

「運命が自分を左右するのではない」ということを実感できる運命だったからこそ、絵が上手くなりたいと阿呆ほど子供の頃から絵を描きましたし、ギターを抱いたまま眠るほど弾きまくりました。

 

ゆえに、音楽の仲間もできて、絵の仲間もできて、制作現場でも多くの人たちと知り合いました。

 

私がもし「えずら」という名前じゃなかったら、運命も大きく変わっていたと思います。エスカレーター式人生を盲信して、自分には何ができるのかを自問自答しなかったかも知れません。

 

運命はつかいよう‥‥ですネ。

 

 

 

自分の人生はエスカレーター式にうまくいくなんて、子供の頃から思っていなかったです。アニメ業界に入ったら、より一層、エスカレーターなんてお笑い草で、自力で階段を登るものだと覚悟しました。

 

だから、「就職氷河期」云々で怨念を溜める人のキモチは正直わからないのです。「運命をうまく使えば良いのに」と思うのですが、そもそも自分の運命から逃げ続けて他者や他世代をひがんでばかりいれば、マイナス方向に傾くばかり‥‥なのかも知れません。

 

私の父だって、「孤児だからこそ、自分の家族を大切にしたい」という方向性もあったはずです。しかし残念ながら、父は怨念感情を底に敷いたまま、戦争による「不意の不運」を、ギャンブルによる「不意の幸運」で埋め合わせるようなことばかりしたのでしょう。そして、自ら「家庭内のA級戦犯」になったのです。

 

ちなみに、私の母は、戦中に高円寺から疎開したことで、疎開先で酷くイジめられたそうで、「疎開=戦争で運命が変わった」ことは父と同じです。しかし、父とは逆に「こんな酷い子供時代だったからこそ、自分の子供には同じ思いはさせない」と考えたようです。父とは「運命の使い方」がまるで180度違います。

 

「自分は疎開先でひどくいじめられた子供時代だったから、状況は違えど、同じく辛い思いをした戦争孤児の人なら、思いを1つにして助け合って生きていけるだろう」と母は考えたそうですが‥‥‥‥、とんだ間違いでしたな‥‥。

 

でもまあ、その間違いのおかげで、私は誕生したので、何とも皮肉なものです。

 

でもその皮肉から学べることはたくさんあります。物凄い反面教師ですわ。

 

 

 

NO FATEは、実はFATEだったのでしょう。トンチみたいですが。

 

 

 

 

ターミネーターで思い出しましたが、そう言えば、今年はバイクを買うぞ。‥‥というのを目標にしたい。

 

と言っても、シュワちゃんの乗るハーレーでもないし、大型排気量でもない、250ccのレブル。

 

若い頃は250ccのアメリカンなんて‥‥と思ってましたが、今はすんなり受け入れられます。シンプルな理由ですが、車重が軽くて維持費が安いのはいいね。

 

500ccのほうが見た目がマッチョでかっこいいけど、この歳になって、その辺はどうでもよくなってきました。パワーよりもライドを楽しみたい気分です。ガラス張りの密室ではなく、直に風を切って走るのは、乗用車にはないUXですよネ。

 

とりあえずは、ヘッドライトがLED化されるまで待ちたいです。私はBSA M20くらい古ければヴィンテージにも興味がありますが、レブルのような立ち位置なら、前後ディスクの方が良いですし(ドラムブレーキはイヤ‥‥)、ヘッドライトがLED化されるなら(500ccは既にアナウンスがありましたよネ)その方が良いです。

 

 

500だけじゃなく、250も、Sエディション(=下図の、LEDでビキニカウル付き!)をよろしくお願いしますヨ。ホンダさん。

 

 

 

バイクを買っても大丈夫なくらい、頑張ります。

 

 

 

 



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