良きネット

問題点を提起することと、憎悪をブチまけることは、同義ではないはず。アニメ業界はそれこそ30年以上前から問題の多い業界だったので、積年の恨みもありましょうが、憎悪はさらなる憎悪しか呼び寄せないので、「怒りの声」は憎しみの憂さ晴らしではなく、何らかの解決を目指して発したいものですネ。

 

昔のBBS、ネットの掲示板において、売り言葉に買い言葉、水掛け論、お互いの主張を全く譲歩しようとしない意地の張り合いを見て、文字だけでやりとりする不毛さ、危うさを体験した人は、30〜50代に多いと思います。ネット掲示板はエロ広告の無差別書き込みによって潰れましたが、今は舞台をツイッターに移して継続しているように思えます。

 

ツイッターに限らず、人間や道具など、物事に対して、なぜ、「悪いところばかり」をピックアップして目を向けようとするのか、ふと冷静に自分と周囲を客観視すれば、ものすごい偏りが自分自身に作用していることがわかるでしょう。

 

道徳のお時間のように、「みなで慈しみ合うべき」などとは言いませんが、自分の行動が「悪いとこ探し」に陥っていないか、定期的にチェックするのは必要だと感じています。

 

 

 

ネットでの心無い発言があちらこちらで頻発しても、ネット自体に幻滅する必要はないんですよネ。

 

ネットって、やっぱり、世界を変えた発明だと思います。

 

ネットの悪い方の要素ではなく、良いほうの要素をピックアップして活用した方が、ごく普通に考えて「幸せ」になれます。

 

例えば、Amazon Music、Apple Music。

 

これらの音楽サブスクリプションサービスがなかったら、出会えなかった楽曲やプレイヤー、コンポーザーは多いです。CDを買っていた時より、格段に色んな音楽を聴けるようになって、日々の生活だけでなく、仕事にも様々にプラス要素として作用するようになりました。

 

フェルディナント・リース。

 

ベートーヴェンのお弟子さんの音楽家ですが、最近までほとんど楽曲が顧みられることもなく、私も全く聴いたことがありませんでしたが、Amazon MusicとApple Musicのおかげでリースさんの多くの楽曲を耳にすることができました。

 

 

 

リースに辿り着いたのは、まさにネットのおかげ。

 

ベートーヴェンのメジャーなピアノソナタをネット経由で聴く、あまり有名ではないピアノソナタも聴く、ベートーヴェンと馴染みが深いメジャーな作曲家の楽曲を「おすすめ」されて聴く、馴染みが深いけれどマイナーな作曲家も「おすすめ」される、お弟子さんのリースに辿り着いて、氏のピアノソナタや室内楽曲なども聴く、当時のドイツ、ウィーンやロンドンやヨーロッパの気風を感じ入るとともに、さらに別の作曲家の楽曲とも遭遇して、どんどん「知らなかった世界を知る」ことができます。

 

リースのピアノソナタや、ツェルニーの交響曲なんて、街のCD屋さん(どんどん減っているでしょうけど)ではまず置いてないでしょうし、大きなCD屋さん(昔のWAVEとか)で見つけたとしても「買わなきゃ聴けない」ので買おうかやめようか二の足を踏みますし、そもそもメジャーな作曲家しか知り得ないことが多いし‥‥で、ネットがなかった頃には様々な要因で、「知識や娯楽の幅が広がらなかった」ものです。

 

でも、今は気軽に聴けます。ちょっと聴いてみて好きな感じだったら、躊躇することなく自分のライブラリに加えれば良いですし、「他の人はこんな楽曲も聴いています」で「おすすめ」されたらクリックしてちょっとだけでも聴いて、さらに知らなかった音楽の世界が広がります。

 

レコードやCDの時代では、絶対に不可能な「広がり方」が、音楽の世界でも可能となりました。

 

恥ずかしながら、今世紀に入るまで、ブレッカーブラザーズを知らなかったのですが、iTunesストアがきっかけで知って、今は定番の音楽です。高中正義さんやラリーカールトンやパットメセニーやジョージョベンソンだったら貸レコード屋に置いてありましたが、ブレッカーブラザーズに関しては当時中学生だった私では知る機会そのものがなかったので、きっかけも生じず、全く聞かないままに前世紀を過ごしました。

 

 

ジミー・ヘリング。‥‥ほんのつい最近まで、知らんかったわぁ‥‥。知る由もなかったわ。

 

 

 

70〜90年代の日本のフュージョンはどちらかというとロック・ポップス寄りで、オルタードスケールはほとんど使わず、ペンタトニックやブルーススケールが主体、たまにホールトーン(音階が全て全音で繋がっていく〜augコードの音階)やディミニッシュが顔を出しますが、ラリーカールトンがたまにカマしてくるジャズ由来のオルタードスケールのフレージングは、独特のスリル感があり、和製フュージョンとは一味違った雰囲気でした。

 

「あのスリル感」がオルタードスケール(altered scale)によって醸し出されていることを知ったのは、随分とオトナになってからです。もし私が中学・高校の時に、家にApple MusicやAmazon Musicがあったら、早々にブレッカーブラザーズに辿り着いて、オルタードスケールを自己流でもギター練習に取り入れていたことでしょう。街の貸レコード屋さんに通うだけでは限界がありました。

 

音楽に限らず、絵や映像、エンジニアリング、人類史・地球史など、ネットから得られる恩恵は、ネット普及以前の世界とは比べ物になりません。

 

 

 

確かに、ネットには良い要素だけでなく、危ない要素もひしめいています。

 

しかし、世の中、程度の差こそあれ、そんなもんだと思います。

 

ここぞとばかりに憎悪をブチまける人はさすがに街中には存在しませんが、内に凶暴な怒りを抱いている人は、実はそこそこ多いのかも知れません。

 

ネットはそうした「内なる怒りと憎悪」が、ツイッターなどで簡単に吐露されるようなフィールドなのでしょう。

 

「死んでやる」とか「崖っぷち」とか人前で言う(書く)人ほど、寂しがり屋で存在に気づいて欲しくて、実は死ぬつもりはなく生への未練は強く、崖の淵にも立っていないものです。ライフラインは確保され日々生きていけるお給料を貰っているものです。死が本当にリアルなら、もっと他のカタチになって表面化するでしょう。

 

そうしたカジュアルブラック、カジュアルダークを、ネットではある種、面白がって仮面をかぶって演じているようにも思えます。

 

しかし、その「宴」に誰もが加わる必要もないですよネ。

 

一緒になって憎悪にまみれる事はないです。

 

 

 

100〜300年前の、多くの過去の作曲家、例えば、シューベルトが作曲した音楽を、2019年の今を生きる人間が聴けるのって、スゴくないですか?

 

バッハやラモー、ベートーヴェンやシューベルト、シューマン、マーラーなど、多くの作曲家が一音ずつ紡いだ音楽を、アジアの島国でネット越しにトレースできるのって、冷静に状況を考えると、奇跡みたいなものです。まるで、時間と空間を超越してます。

 

ネットは憎むためではなく、好いて楽しむために、使いたいですネ。

 

 

 


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