逆転現象

動かすのが楽しい‥‥から、いつしかアニメ産業内外のニーズゆえに「かわいいキャラを描くのが楽しい」へと実質的に移行した感のある、昨今のアニメ業界。

 

この10年以上、動画工程に対して、散々、レタスの二値化に都合の良い線を引け!‥‥と指導し続け、余計な創意よりも整然とした中割りに徹することを品質の基準としてきて、今さら「動画マンの絵を動かす能力云々」を問うても、まずは自分たちの制作現場の見直しをしなければ、単に懐古的な戯言に終始しましょう。

 

動画マンに「線の表情を殺して、濃さ太さを均質に」「動かすのではなく、中割りせよ」と教え続け徹底させてきたのは、ほかならぬ現場の年長者たちなんだからネ。

 

 

 

紙と鉛筆で線を描いて動かしている現場が、レタスのスキャンに都合が良い均質な線を厳守しているのに対し、現在私らが進めているペーパーレスでコンピュータオンリーのカットアウトの線画のほうが、むしろ抑揚があって揺らいでいる階調トレス線を大切にしています。描線のニュアンスを殺さないようにデリケートに扱うのは、紙の運用ではなく、iPadで描かれた画像データの取り扱いのほうです。

 

紙で動画を描く時は無機質に、iPadでカットアウトの清書をする時は有機的に‥‥という、逆転現象みたいなことがおきているのは、なんとも皮肉な話ですネ。

 

 

 

この逆転現象は動きにも言えて、カットアウトの場合、モーションをつける人間が「どうやったら動いて見えるか」を考えに考えぬきます。「中割り」ではなく、「動かす」のです。原画・動画という区分もありません。そこにある役職は「アニメーションを具現化するアニメーター」です。

 

一方、紙の現場は、私が動画の頃(30年以上前)から、タップ割り、中割りが主になっていて、「動画」の本質から遠のき始めていました。動画って、画を動かすことですから、決して中割りすることではないのですが、特に萌えキャラ以降のアニメ制作においては、レタス用の均質なトレス線で中割りの絵を描くことが動画の役職になっちゃっていますよネ。

 

カットアウトは「動かすには、どのような絵が必要か」をまさに思考して、座標やメッシュやキーフレームと格闘します。もちろん、そこには「絵を描く能力」は必須で、自分の思い描いた絵、パーツのフォルムを、After EffectsやHarmonyで具現化して制御することが必要です。絵が描けない人は、カットアウトもできません。

 

紙やデジタル作画は、絵が描ける人々がこんなにも集まっているのに、特に動画は「清書と中割り」の作業に支配されていますよネ。動画が動きを考える‥‥なんて、逆に動きを足したら「余計なことをするな」と怒られる事例すらそこかしこに存在しましょう。

 

 

 

動画マンが動きを描けない‥‥と嘆くのなら、まず自分たちの指導方法、現場のニーズ、そして品質管理も見直しましょう。

 

困った時だけ「動きが描けない人が多い」と言いながら、平常時は「大人しく中割りしてれば良いんだよ」みたいな態度では、ダブルスタンダードもいいところです。

 

直近の10年のアニメ業界は、どんな動画作業のクオリティを望んできたか。

 

現場の年長者たちは、自分の胸に手を当てて、今一度、思い起こしてみましょう。

 

絵を動かす能力よりも、レタス用の均質な線で、手早く綺麗に「中割り」することを、多く望んできたでしょう? 萌えキャラを綺麗に仕上げるための、動きはそこそこにして線画としてのフィニッシュを品質基準として要求してきたでしょう?

 

若い人間だけに「能力不足」を押し付けるのは、フェアじゃないです。年長者の「過去の行動の鏡」なのです。

 

 

 

動画工程に、動きを足して考える余地を、ちゃんと与えてきましたか?

 

動画工程に、動きを考えることをやめさせたのは、まさに近年の制作現場そのものでしょう? であるならば、能力が芽を出して育つことがないのは、当然のことですよネ。

 

それについては、私も同罪です。動画には「中割り」だけを求めて、最悪「均等割りだけでも動きが成立」するような原画を描いてきました。それによって自爆=原画枚数が多くなって自滅するようなことも多々ありましたが。

 

なので、私の過去へのアンサーは、カットアウトなのです。動かす能力が直にパラメータやキーフレームとして表れる「ど直球」な動きの技術へとシフトしているのです。動かすのなら、動きのスタートからラストまで。

 

既存の動画工程や原画スタイルに文句を言う前に、自分の手で線画からコンポジット素材まで作り出すのが、未来への「私の答え」です。もし手分けしたとしても、今までの方法ではないです。

 

 

 

カットアウトではね‥‥。

 

絵を描く人を募集してます。

 

動かす人を募集してます。

 

つまり、アニメーションの原点です。本質です。

 

 

 

ほんとに皮肉な話だ。

 

紙と鉛筆では「清書と中割り」を大人しく作業する動画工程の人間を欲し。

 

iPadやiMac、PC、Adobe CC、クリスタ、Harmonyなどを使う新しい制作工程では、アニメーションにネイティブな能力を有する人間を欲している‥‥というのが。

 

中3枚?

 

何枚でもいいよ。それらしく動いているのなら。

 

原画動画に分断して、動きを考える必要は、カットアウトにはもういらない。

 

動かす人間が、動きを考えれば良い。

 

演出は演出プランに基づいて演技を導けば良い。動かす人間は、キャラの所作や芝居の細かいニュアンスを考えれば良い。

 

何よりもまず、絵を描くことを考えよう。そして、動かすことを考えよう。

 

 

 

* * *

 

前にも書きましたが、私は子供の頃から旧作のど根性ガエルが好きで、先天的にはドタバタなアニメが好きなのです。リアル系の描写は後天的な要素です。

 

パタパタと動くアニメ(3コマ主体)は描いてて楽しいし、ドタバタな動きは全原画になりやすいですが、苦になりません。線が少なければなおさら。

 

以下は、10年以上前に「付けPAN」のコンポジットの解説用に作った1カットです。ラフな描線のままで仕上げて、全原画で描きました。‥‥リアルものには使えない、パタパタとした動き、ですネ。

 

*こういう、人間の目の残像に訴えかけるパタパタな動きって、実写や3DCGではかなり難しいですよネ。萌えキャラ系でも違和感がありましょう。ど根性ガエルとか元祖天才バカボンとか、今はもう消えたアニメのジャンルが懐かしいです。私も滅多に、こういう動きは描かなくなりましたしネ。

 

コンポジット的には、3枚BGの乗り換えで、2番目のBGはリピートの流背、さらにカメラの揺れやブレなどが技術的な要点です。

 

こういう動きは、髪の毛に7色も使うような女の子キャラには合わないんだよネ。影なしで、パーツは一色!‥‥という、まさにど根性ガエルのような昔の「テレビ漫画」にジャストフィットします。

 

 

 

可愛い女の子キャラが、アニメの作風を支配すれば、そのキャラをそつなく無難に動かす能力が重宝されるのは、仕方がないことです。

 

今後、「絵師さんのイラスト」を動かすような可愛い女の子キャラのアニメが、4Kで作られるようになった時、現場の動画マンは、今以上に萎縮して、まさに「清書と中割り」にがんじがらめになっていくでしょう。

 

年長者が動画マンの「動きの能力」を問うたところで、「アニメコンテンツ」主流は、可愛いキャラを丁寧に美麗に仕上げる作風ですから、動きはどんどんおろそかになりましょう。

 

日々の作業が「動きの能力を発揮することを遠ざける」内容なら、そりゃあ、能力も育たないって。

 

未来はもっとガッチリと型にはまった「清書と中割り」へと、動画マンを束縛するようになるでしょう。‥‥今のままで、行けば。‥‥ですが。

 

 

 


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