人のチカラ

少数精鋭はよいけれど、少数にも限度がありましょう。スタローンのランボー君のようには、人はなれません。ゆえに、小規模運用だとしても、年齢の上から下まで、ある程度の「層」は必要です。

 

最近、私の作業のヘルプ〜特にカットアウト作業において、作画の若い人にお願いしているのですが、物覚えが速く、わからないことを検索し自己同期する能力もあり、技術の吸収力に驚きます。

 

特に懇切丁寧に教えているわけではないですが、同室で一緒に作業を進めて、わからないことをすぐに聞いてもらえるようにしつつ、たまに技術解説なども雑談がてらおこなうことで、もともと吸収力が豊富で成長も速い20代の人間は、どんどん覚えて発展していくことを、改めて認識しております。

 

アラウンド50になった私の「負け惜しみ」ではないですが、私も20〜30代の頃は吸収力と成長力は高かったもんな‥‥としみじみ思います。コンピュータを本格的にグラフィック系・アニメ系の仕事で使い始めて、2年後くらいにはプログラムとかも作り始めて、RGBやネットワークの仕組み、サーバの仕組みなどもどんどん覚えて、五反田のラボの技術者の方々とも劇場作品があるごとにやり取りして、4〜5年の短期間に大食い選手権のごとく食いまくって知識を高めていったことを思い出します。

 

 

 

で。

 

ふと、怖くなった‥‥のですが、、、

 

今のアニメ業界、いや、コンピュータが導入されて直近20年間のアニメ業界って、「人の育て方、発展のさせかたに、恐ろしいほど無駄使いをやらかし続けている」んじゃないかと思ったのです。

 

カットアウトの扉をちょっとでも開けば、1ヶ月もしないうちにどんどん覚えてチカラになれる人間を、アニメ業界の「原画動画」の中に幽閉して能力を封印し、人間の可能性を殺し続ける=ゆえに報酬も少ないままの状況を、無意識に垂れ流してやり続けているんじゃないか‥‥と、ゾゾゾゾゾッと怖気が走りました。

 

夥しいほどの効率の悪さで、人の能力を捨て続けているんじゃないか。‥‥と。

 

新しい技術基盤の上ならば、いくらでも能力が伸びてチカラになる人間たちを、1枚200円代の単価で殺し続けてきたんじゃないか。‥‥と。

 

 

 

原画動画は、それ自体は良いです。アニメのアニメーション(=動き)の技術を学ぶのに、原動画は一番「身になる」作業だと今でも思います。

 

でも、アニメ業界は、「原画動画の作業工程」のみに作画の人間を「閉じ込め」続けていますよネ。‥‥実際のところ。

 

発展などないです。動画から原画、作監、キャラデザ‥‥の一本道しか選択の余地がないです。

 

しかも、「この道から外れたら、アニメの作画ができなくなるよ」という無言の恫喝によって、日本アニメ業界の一本道から外れて他の道でアニメの作画をすることを閉ざしていますよネ。

 

欧米は、描き送りの他に、カットアウトなどの選択肢がありますが、日本のアニメーター、そしてファンまで、「手で一枚ずつ描くのがアニメだ。カットアウトなんてダメだ、インチキだ」と言う人もそれなりに多いですよネ。

 

じゃあさ。1枚ずつ動画を描くことを仕事にしている人に、どれだけ報酬を与えているのか。テレビ作品の動画なんて200円台ですよ? 1時間で5枚なんて描けない状況ばかりなのに、そのギャランティを容認していることのほうがインチキだと私は思いますけどね。

 

ファンが状況もわからず好き勝手なことを言うのは良いです。だって、ファンなだけですからネ。でも、制作現場の「中の人」まで、動画1枚250円のギャラは棚上げで、「原画動画」のシステムに無批判なのはどういうことなのか。

 

 

 

今まで、動画のギャラのあまりの低さゆえに、潰れていった人は星の数ほどいましょう。

 

その潰れていった人の中には、もしコンピュータを駆使できる現場に運良く巡りあえたならば、頭角を表す人も相当居たかも知れませんよネ。

 

日本のアニメ業界って、作画は「原画・動画・作監」の三択でさ‥‥。

 

その上、その三択状態に、当の作画スタッフたちが、無批判、無検証のままで、発展させようとも、分岐でバリエーション展開しようとも思ってなくてさ。

 

私は、若い人間の伸びるチカラを目の当たりにしたことで、かえって、アニメの作画界隈が若い人間の「伸びるチカラ」を活かせていない現状を実感しました。

 

原画動画はそれはそれで良いのよ。「それしかない」ことが問題なのです。

 

作画能力における、分岐も発展も応用も、アニメ業界標準の制作現場システムには用意されていません。

 

アニメ業界の窮状を訴える‥‥とか、人間の能力を封殺して低い効率に抑え続けている業界が、よく言うよ‥‥と思います。散々人的資源の無駄使いして「お金が足りません、人が育ちません、窮状から抜け出したいです」って、悲しみを通り越して笑けてくるわ。

 

 

 

作画のギャラを安いと批判する人でも、作画のシステムには無批判なままの人も多いです。

 

なぜ、旧来の作画システム〜作監・原画・動画の仕組みには無批判なんでしょう?

 

その無批判さが、実はギャラの安さを変えられない温床になっていることも考えてみましょう。

 

作画の報酬の低さを痛烈に叩く一方で、アニメは線撮の状態が最高だ!‥‥とか「つぶやく」人も見かけましたが、結局「同じ穴のムジナ」なのです。自分が被った酷い体験の怨念をぶちまけたいだけで、酷いことがないようにシステムを変えていこうとは一切思わない、私怨の怨霊みたいなアニメーターも中には居ましょう。

 

 

 

日本人は成功事例がないと動けない。イノベーションに弱い。

 

アニメ業界はまさに、その日本人の地をいく業界ではありますが、4Kに世間が移り変わったら、その地も通用しなくなります。

 

アニメの作画をする人間は、自由な発想で作画し、世界でも稀に見るアニメの技術力を発揮しますが、システムや運用や技術形態には全く自由な発想を活かせない人が多いようです。‥‥2019年の現状が、まさに「システムを変えてこなかった」事実を物語っています。

 

人の能力の伸ばし方、眠っている才能の掘り出し方を、未来を生き抜こうとするアニメ制作現場は、意識的に実践しかないとネ。

 

 

 


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