ニケさん

前回の「ロック禁止」は、ロックというジャンルだけで文化祭での演奏が不許可になる‥‥という、40年後の今となっては懐かしい珍事とも言えます。任意の音楽1曲ごとに対して、ロックであるか否かという判断基準が非常に曖昧なのに、境界線を設けて可否を断行するという点で、当時少年だった私も「おかしな話だ」と思ったものです。

 

一方、現在色々と議論されている豊乳献血ポスターの一件は、絵の表現内容が「道徳」的か否かの境界線というよりも、赤十字が豊乳イラストを採用した点が叩かれていますよネ。

 

もし議論の論点が、道徳的な絵画の表現云々という主旨なら、道徳観は何によって定められるのかを徹底的に論じる必要がありますし、そもそも絵画や文学や音楽を道徳の基準で量るべきかも問われましょう。

 

しかし、豊乳献血ポスターの論点はそこではないですよネ。赤十字という公的な組織が、客寄せとして胸の大きいキャラを採用したことで、物議を醸したと感じます。

 

まあ、意図したことかどうかはともかく、今の感じだと、赤十字の「炎上勝ち」のような状況でしょうかね。

 

もし、乳袋の巨乳のイラストを「全世界に認めさせたい!」と思うのなら、赤十字とは別のところで、描きたい人が戦うべきです。「私は乳袋が好きだ!」と言う人が、その好きな理由を絵に込めてネ。

 

 

 

前にも書きましたが、私は、乳袋や巨乳は欲求にストレート過ぎて気が引けます。正直、率先して描く気にはなりません。乳袋に頼らなくても、美しく魅力的な女性は描くことはできると思っています。

 

ただ、歴史的に見ると、「乳袋表現」は結構、皆さんが好んで採用していますネ。

 

サモトラケのニケなどは、乳袋と呼んでも良いような、胸の大きさや形が想像できる表現、さらには体のくびれ、太ももやふくらはぎにかけての美しいカーブなども表現されています。ヘソのくぼみまで判りますし、何なら、左足の短い布がミニスカにすら見えるでしょう。

 

 

 

このニケさんの像を見て、エロいだけだと思いますか?

 

私は、エロくもあるし、美しくもあるし、かっこいいし、神秘的であるとも思います。

 

有名なニケの像。‥‥欠損した頭部や腕は、もし存在したらどんな姿だったんだろうと、子供の頃から不思議な想いで美術書のページを眺めていました。

 

 

 

思うに、球体は美しいのです。美のフォルムの究極の原点のように思います。

 

女性の胸に限らず、見つめる瞳もそうですし、命の源の卵もそうですし、そもそも私らの住む美しい地球が球体ですし、様々な恵みをもたらす太陽も丸いです。太陽の周りを円運動で回り続ける惑星の軌道も、太陽系の美しい秩序のように思います。

 

力ずくで音速を超えていた時代に、エリアルールという曲線フォルム(曲線形は円や球の展開形)を導入することで、多くの航空機で音速突破が可能になりました。

 

一方的な力のゴリ押しではなく、力をしなやかに受け止めて吸収し強さをさらに増すような、得体の知れない力強ささえも感じます。

 

*飛行機好きなら誰でも知っている「エリアルール」。様々な航空機で採用されています。

 

 

美術の歴史、美術の知識の云々に関わらず、たとえ無意識であろうと、球体の美に惹かれる人は多いように思います。

 

萌えキャラの瞳は、球体である瞳をどれだけ美しく表現するかを競うようなところもありますよネ。

 

猫好きは、頭部を撫でた時のなんとも言えない頭の丸み、肉球の丸み、ゴロゴロ言いながら見つめてくる瞳の丸みが「たまらない」と思う人も多いでしょう。

 

円運動は、様々なアニメーションの基本です。関節という基点に支えられて、人体は様々にアニメーションします。楕円運動、八の字運動は、円運動のバリエーションです。

 

ちなみに、サイン波は、円運動を1軸に展開したものです。After Effectsでも、エクスプレッションで描画できます。1秒で1周する時計回りの円運動、左から右に通り過ぎるサイン波のエクスプレッションです。

 

 

[Math.sin(time*Math.PI*2)*-thisComp.height/3+thisComp.width/2,Math.cos(time*Math.PI*2)*thisComp.height/3+thisComp.height/2];

[time*thisComp.height/1.5,Math.cos(time*Math.PI*2)*thisComp.height/3+thisComp.height/2];

 

ずっと見つめていると、眠っちゃいそうな睡眠導入の効果がありそうですネ。

 

 

 

中途半端な知識で、美の表現をゴリ押ししたり封殺しようとするのは、どちらも稚拙です。

 

大して「美とは何か」も日頃考えてもいないのに、思いつきの理屈をでっち上げて、「表現の自由」とか言ったところで説得力がないばかりか、かえって論客の幼稚さが目立ってしまいます。

 

一方で、自分こそは道徳の体現者なりと自惚れて、美をただ甘いだけの砂糖水のように捉えて、美の苦みや渋みを理解できず、権威主義視点でしか評価できないのも、これまた稚拙なり、です。美には徳だけでなく、毒もあることを理解しないとネ。苦みがあるからこそ、一層の甘みを感じることができるのです。

 

美について論議するのなら、美について日頃から研究しないとアカンす。にわかに美を語ったところで、にわか仕込みがバレます。

 

たかだか100年生きれるか否かの人間が、美を完全理解して操作しようなどと、傲慢過ぎて片腹痛いです。死ぬまで求め続けるものだと感じます。法律で明確な「美か否か」の境界線を制定できるはずもなし。

 

私が思うに、美とは何かを世代を通じて求め続けて、やがて答えが見つけられないうちに人類の文明は滅んで、地球も太陽の崩壊と共に消滅する‥‥という顛末だと思っています。

 

結局、答えは出ないのか。

 

いいじゃん。それで。

 

答えが解らないからこそ、のびしろがあるんじゃないですかネ。美には。

 

 

 

絵描きの人間は、10代20代の頃は単に「好きだから」でアニメキャラを描いていても構わないとは思いますが、30代くらいからは「美についての自我に目覚め」ても良いと思います。

 

怪しいナショナリズムに足をすくわれないためにも、日頃はオーダーに合わせて萌えキャラや乳袋を描いていても、いざという時は「自分なりの美の持論」をしっかりと発揮したいものです。

 

絵を描く側は、日頃からしっかりと美について考えておきたい‥‥ですネ。美の本業とも言える職種なのですから。

 

 

 


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