ロック禁止。

私が中学生の頃、「ロックは不良のやるものだ。フォークはOKだが、ロックは禁止」と言う、学校や一部地域社会の「子供の育て方の指針」みたいなのがありまして、さらには「バンド禁止」みたいなのが私の中学でもありました。実は、私が中学3年生の頃に同級生らと「ロックバンド」を組んで、何かの学校のイベントで演奏して「ロック禁止解除、バンド禁止解除」を事実上果たしたこともありました。当時演奏したのは、マイケルシェンカーグループの「アーム・アンド・レディ」、TOTOの「アイル・サプライズ・ザ・ラブ」、レインボーの「アイ・サレンダー」で、こってこての選曲が中学生らしくて、我らながら微笑ましいです。

 

ロック禁止、バンド禁止。

 

フォークやポップス、歌謡曲はOK。フォークの弾き語りならOK。

 

当時、釈然としない思いを抱いたことがあります。

 

どこからがロックで、どこまでがフォークやポップスか。その境界線で禁止か否かが決定される。

 

当時、私の地元のイトーヨーカドーのレコード売り場では、ヴァン・ヘイレンのレコードは「フォーク」の中に並んでいましたが(笑)、ヴァン・ヘイレンをフォークとしてカテゴライズする奴はいまい。当時も相当「変な感じ」に思えましたが、だからと言って「ポップス」の中に混ぜるのも可笑しな感じです。

 

やがて「ロック」の棚が増え、そのうちに「ハードロック」「ヘヴィメタル」という棚も増えましたが(ちょうどブームでしたよネ、1980年代の中頃は)、逆にヴァン・ヘイレンが「ヘヴィメタル」の棚に並んでいても、それはそれで違和感を感じたものです。

 

まあ、レコード売り場での棚の「境界線」がそんな感じでしたから、学校の「禁止」の境界線なんて、もうフワフワもいいところでした。フォーク同好会はOKでも、バンド同好会は不許可。フォークや歌謡曲はOKでも、ロックはダメ。山口百恵さんのロックンロールウィドウはOKなのかな?

 

 

 

例えば、エレキギターは禁止でも、学校のクラブ活動のフォーク同好会で、フォークギター(というギターの種別があるかはナゾ。スティール弦を張るアコースティックギターだよね、要は。)で「Rude Mood」を弾いたらお咎め無しだったのかな?

 

 

 

「フォークギターを使っていても、フォーク以外の音楽は弾いちゃダメです!!」と先生に怒られるんだろうと思います。

 

おとなしい雰囲気の曲「The Rain Song」でも、「ツェッペリンだからダメ! あの人たちはロックバンドでしょ! ここはフォークの同好会!!」と怒られると思うし。

 

 

 

前回の「豊乳赤十字ポスター」の件も、同じとは言いませんが、似たものを感じます。現在の社会的な状況を鑑みれば、「豊乳ポスター」は、「槍玉には上がるだろう」「ただで済むわけはない」とは思います。

 

言うならば、「宇崎ちゃん」のあの絵は、オーバードライブたっぷりの音でパワーコードを鳴らしたような直球感がありますから、「ロック禁止!」とすぐにダメ出しされるようなものですネ。

 

なぜ、ロックが学校で禁止されていたのか、バンドが禁止されていたのかは、結局解らずじまいでしたが、想像するに、「反社会的な歌詞の内容」「ハメを外した不道徳な行い(奇声を上げて体を揺さぶるなど‥‥笑)」のイメージが、学校の規律を守る上で著しく反するものとして受け止められたのでしょう。

 

う〜ん。ロックを演奏したかった意味は、全くソコにはなかったんですけどネ。純粋に、歌謡曲とは全く違うかっこよさに惹かれたのです。ホーホー教の教徒になったわけではないですが、周囲の大人たち(常識人を自認する)は「子供が変な宗教にハマらないように」神経を尖らせていたのかも知れません。

 

 

 

ロック禁止!‥‥と言っていた人々、教育者たちは、ロックであるものとそうでないものの聴き分けができていたのか?‥‥というと、かなり疑わしいです。当時の私も、その点=「境界線の線引き」に強い疑念を抱いていました。

 

TOTOなんて、ポップスっぽい曲が多くて、ルカサーのオーバードライブサウンドがなかったら「ロザーナ」は明らかにポップスですし、「99」を単体でロックミュージックという人はいませんよネ。

 

判断基準が恐ろしく曖昧な点にはフタをして、イメージ優先でロック禁止と宣う当時のオトナたちに対して、信用する気にはなりませんでした。私の担任の先生は理解を示してくれていて、バンドを組むことも見守っていてくれましたが、世間の「エレキ禁止」「ロック禁止」「バンド禁止」の風潮を体現している「オトナたち」に関しては、勝手に「独自の道徳信仰」でもしてれば良いと諦めていました。

*学校の先生との出会いは、本当に大事な人生のイベントで、運命が支配しますよネ。幸運、不運が大きく分かれます。

 

イトーヨーカドーのフォークの棚にヴァンヘイレンのレコードがあったので、つまり、ヴァンヘイレンはフォークということでOKで、アコースティックギターでユーリアリーガットミーやミーンストリートを、文化祭で弾いてもよろしいですか?

 

‥‥とか言ったら、ロック禁止のオトナたちは「よし、良いだろう」と言ったんでしょうかネ??

 

「戦争を知らない子供たち」を、マーシャルのフルオーバードライブサウンドでリフを刻んだアレンジにした途端、それはロックになるんでしょうかね??

 

フォークがOKという理由も、実のところ、世代的にフォーク世代の先生たちの「耳慣れ」に大きく偏向していたようにも思います。

 

私のひとまわり前の世代は、「フォークは反体制の象徴。不良のやるもの。」みたいな時期もあったと聞きます。ロック禁止の前には、「フォーク禁止」があったとも言われます。(私は経験していないので細かく知りませんが)

 

フォークがOKで、ロックが禁止と言う私の体験も、世代を12年巻き戻せば、両方とも禁止だった可能性もあるわけです。

 

 

 

2019年現在で、学校で「バンド禁止」「ロック禁止」ってあるんですかね?

 

中学校の文化祭で「SMOKIN' IN THE BOYS ROOM」とか「Hot For Teacher」とか演奏すると、流石に風紀委員顧問の先生に色々言われそうですけどネ。

 

モトリークルーといえば、男にも女にも人気がありましたが、私の好きなのは「Looks That Kill」のMVです。芝居やシチュエーションがこてこての80年代!!!!‥‥という感じが好きです。

 

ビジュアルは男尊女卑感に溢れていますが、歌詞の内容は「彼女はカミソリのように鋭い」「彼女はCool Black」といった内容で、結局は登場する女性戦士には迫りきれず、なぜか最後には女性戦士を4人で囲んでガッツポーズするあたり、どこか女性を女神のように表現しているのも、なんだか妙にオスネコっぽくて可愛いです。

 

 

今だと色々と問題視する人もいそうなMVですネ。

 

結局、時代性と言うのは、様々な鬩ぎ合いの結果論ですから、2020年代がどのような時代になるのか、やはり鬩ぎ合いで状況が変わっていくのでしょう。

 

ロック禁止もそうだし、豊乳献血ポスターの「環境型セクハラ」問題もそうですが、封じ込めようとする勢力があるのは当然のことだとは思います。

 

かと言って、封殺に反発して、野放図に何でも自由にブチまけていたら、秩序も風俗も乱れましょう。

 

絶えず流動し続ける時代の中で、解放と封印とが鬩ぎ合って、推進と抑止のパワーバランスができあがっていくのでしょうネ。

 

 

 

今、半世紀生きてきて、「ロックが学校で禁止された」理由は冷静に受け止められるし理解できます。

 

まず何よりも、あの「ギザギザしたエレキギターのディストーションサウンド」がダメだったんだろうな‥‥とは思います。穏健派を逆撫でするような音色ですしネ。ヒトと言う生き物は、瞬間的な印象で評価を決めつけるイキモノであることは、半世紀の様々な体験から痛感するところであります。

 

タイムマシンがもしあったら、過去の自分に会いに行って「もう少し大人しくしとけ」と言うか?‥‥というと、それは無いと思います。学校内の小さな出来事ですが、「ロック禁止解除」をやっとくべきだったと自分では思います。その辺りに悔いはなし。

 

 

 

 


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