夜が暗くなる

深夜まで頑張ったご褒美に、たまにリンガーハットのちゃんぽんを深夜営業の店で食べて帰ることがあります。なので、いつまでもデブが治らないのかも知れませんが、楽しみの1つでした。

 

しかし。

 

深夜営業の店は、1〜2年前からどんどん減り続け、今年2019年10月を境に、私がよく行くリンガーハットまで深夜営業をやめてしまいました。(全店かどうかは調べてないのでわかりません)

 

私はどこでもそうなのですが、あまりにも同じものばかり頼むので、リンガーハットでも店内スタッフの人に「いつものですか?」と聞かれるくらい「野菜たっぷりチャンポン」を食べていました。まあ、深夜の人の少ない時間帯、しかも決まって日曜の未明(土曜の26時くらい)に訪れるので、覚えやすいのかも知れませんが、「いつもの」が通用するのって、何だか嬉しいですよネ。

 

でも、そんなささやかな楽しみも嬉しさも10月で、終了。

 

環八も青梅街道も、昔に比べて、少しずつ暗くなっているように思います。

 

 

 

リンガーハットに限らず、最近は深夜営業の看板が消え、街がどんどん暗くなっているように思います。

 

深夜営業は、団塊ジュニアとともに去りぬ。

 

団塊ジュニアの人口の多い層に合わせて、世の中も変化するのかも知れません。波の高さを見るか、低さを見るか、‥‥だけの話ではありますが、人口の多い少ないに合わせて、産業も商業も推移しますよネ。

 

団塊ジュニアが子供の頃は子供向けのおもちゃ商売とおもちゃの宣伝アニメが流行って、高校生になればバンドブームやらなんやら、お金を稼げる歳になれば車やバイクに乗って行楽地のレジャーも流行って‥‥と、高波の移動に合わせて、景気の矛先が移動しているように思えます。

 

清里のかわりようは前にも書きましたが、確かに私が高校生の頃に「清里のペンション」というフレーズを何度も聞いた覚えがあります。

 

 

 

清里だけじゃないんですよネ。荒廃したのは。

 

私が子供の頃に暮らした郵政省(とはもう呼ばないが)の宿舎も廃墟になりました。かつての活気を知っている私から見れば、嘘のように静まりかえっています。

 

コンビニも何軒かなくなって、全く違うカテゴリの店舗(深夜は閉店)になったのを最近みかけました。

 

 

 

車で夜の街を走ると、年代とともに徐々に、街が暗くなっていくのがわかります。

 

団塊、そして団塊ジュニアに合わせて、社会が大きく広げた風呂敷を、これからは畳みつつ、違う風呂敷を規模に合わせて広げるんでしょうネ。

 

でも、それでいいじゃないですか。

 

人もいないのに、金もないのに、深夜に営業する必要はないもん。

 

 

 

私が小学生の頃は、夜の街はほんとに静かで暗かったです。私は自転車を買ってもらったのが嬉しすぎて、朝の3〜4時くらい(つまり学校が始まる前)に自転車を乗っていた「変な時期」があるのですが、子供だったせいもあるのでしょうが、神秘的(妖怪的?)とも思えるほど、夜の街はまさに「寝静まって」いました。

 

あの夜の静けさが戻るのは、そんなに悪いことではないです。

 

いっそのこと、24時間のテレビ放送もやめちゃえば良いのにネ。深夜2時くらいで終了して、朝4〜5時くらいからでよくない? 

 

アニメ制作業も深夜や円盤に活路を見出すばかりでは先がないのは、わかりきっていますしネ。もう何年も前から、内外で言われていることです。

 

24時間は昔に戻ってラジオ、そして新しきはネットで十分な気もします。

 

 

 

 

大きなレジャーシートを広げても、座って楽しむ人が少なければ、広く広げた意味がないです。

 

この先は、団塊ジュニア層ありきの思考は通用しないんでしょう。特に、小学生から30代に至る世代に対して、団塊ジュニア向けの習慣で商売を展開しようとしても、てごたえがないのは普通に考えれば判ります。

 

さて、今日も夜の街を走ろう。

 

 


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