昔を想ふと

テレビアニメにはたくさん思い出があります。少年時代からアニメーター時代まで、山ほど。

 

‥‥今と世代は違えど、テレビアニメが愛おしくないわけがないです。

 

でも、テレビアニメへの愛しさと思い出を、引き摺り続けて未来を生きるわけにはいかんのです。未来へ進むのに、後ろばかり見て後ろ歩きしても、つまずくばかりです。

 

 

 

みんな、おじいさん、あばあさんになって、やがて死ぬ。そして、懐かしいアニメも記憶の彼方に消え去っていく。

 

私の母方の祖父の家はもうありません。引き継ぐ人がおらず売却したので、二度と「おじいちゃんち」に行くことはできません。

 

少年の日の、夏の日の思い出がいっぱい「おじいちゃんの田舎」にありますが、もうその日には戻れないし、1970年代にテレビで流れていた16ミリフィルムの商業アニメも、もう作れません。今のアニメはもはや別物ですし、テレビ自体も大きく変わりました。

 

また、私が少年時代に暮らした郵政省の宿舎は、年々住む人が減り続けて、今は取り壊しを待つのみで、人は誰も住んでいません。あんなに子供たちが駆けずり回って賑やかで、各家庭のベランダは思い思いの草花で飾られていたのに、まさに廃墟、ゴーストタウンです。

 

私はそんなこんなで、思い出の場所がどんどん消滅しているのです。なので、今でも実家や祖父母宅が健在な人より、「もう戻らないこと」に対してリアルなのかも知れません。

 

昔を思い出してはしゃげるのは、まだそんなに思い出が遠くないからです。

 

もうどうしようもなく、あまりにも遠くなって、跡形すら存在すらしないと、悲しさと寂しさだけが胸を締め付けます。

 

 

 

ゴールデンタイムのアニメか‥‥。

 

懐かしいですネ。

 

でも、アニメがゴールデン帯に放送されていた頃の社会の姿は、もう今は存在しないのです。

 

もう戻らない昔を、世代の皆で懐かしんで、盛り上がれば盛り上がるほど、その後に押し寄せる喪失感に、無性に寂しくなるでしょう。

 

なので、そっとしておくのが良いと、最近は考えるのです。

 

むしろ、昔にはできなかったこと、今、そして未来にできることに目を向けるべきと考えます。

 

 

 

私はこのところ、仕事をし続けて相当滅入っています。なので、自分でも自覚しますが、少々気弱です。

 

世間一般のまとまった休みなんて、無縁だったもんな‥‥。我ながら流石に消耗の激しさを実感しています。感傷的な気分にもなり易いです。

 

でも、昔を懐かしんで、殻には閉じこもるつもりはないです。それをやったら、自死と同じと判るからです。

 

ゴールデンタイムのアニメが消えても、それならそれで時代の流れと受け止めます。悲しむより、少年時代に夢中になったテレビアニメに感謝するキモチのほうが勝ります。

 

昔のアニメが愛しいからって、令和の今に、昭和っぽいアニメごっこをしてもしょうがないです。昭和のマネは余興で十分です。

 

昭和の、1970年代のアニメは、昔を懐かしんで作ったものではないはずです。永井豪さんも松本零士さんも乗りに乗りまくって原作を描き、アニメ制作会社は前例のない作品制作を切り開いていったことでしょう。

 

であるのなら、令和、2020年代に、昭和を再現するのではなく、今作るにふさわしいアニメを作れば良いです。

 

 

 

私としては、はやく今の仕事をフィニッシュして、小さな旅にでも出たいです。

 

擦り切れすぎると、感傷的になったり、弱気になったりしますが、逆に、擦り傷は、療養すれば治る傷でもありますからネ。

 

 


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