変えていくことを考えよう

「アニメ制作現場は内部での改善はもう限界なので、政治のチカラでなんとか」みたいな論調を、たまツイッターでみかけます。

 

内部での改善はもう限界‥‥とのことですが、改善や改革に本気で自分から取り組んだことがあるのでしょうか。単に傍観して、酷い状況を見聞きして悲観する。自分の身に降りかかっても、なんだかんだと受け流す。その繰り返しじゃ改善なんて、アニメ業界に限らず、何にだって無理です。

 

昔からホントに思うのは、アニメって自由な発想で、現実にはない奇想天外なストーリーを映像化することが多いのに、当の作っている本人たちはシステムや技術に対しては酷く保守的で、アニメを一意的に考え過ぎています。

 

アニメを作る技術に対して、不自由な思考のまま、しかも頭がカタい。

 

昭和の作り方を変えずに、線が格段に多くなって、動きも細かくなって、チェック基準も厳しくなって、そんな状態で5000〜10000枚も1枚ずつ描いて塗り続ければ、何をどうしたって「昭和レベルの単価計算」では作業者が破綻します。

 

アニメの作り方を一意的にしかとらえず、一方では成り行き任せで10000枚も細かい絵を作り続けるばかりでは、政治のチカラをもってしても救えないと思います。政治のチカラを買いかぶり過ぎているではないでしょうか。自分らとは別世界ゆえに、物凄い支援策が政治の世界のチカラで実践されると夢想しても、この金のない日本でアニメだけゴージャスに支援してもらえることは、普通に考えて想像できません。

 

こんな記事がありました。

 

東洋経済オンライン

●時給「1000円ぽっち」払えない企業は潰れていい

 

その中に、

 

 

‥‥という一節があります。アニメ制作の場合、アニメ会社というより、アニメ業界を言い当てているような一節です。耳が痛いのを通り越して、図星過ぎて怒り出す人もいるんじゃないですかネ。

 

一部の会社は、懸命に「社員」に関しては改善に取り組んでいますが、業界全体としては‥‥否定できない指摘ですよネ。

 

生産性が低すぎる

 

作画工程において、生産性を高める技術革新に取り組んでいる人は、どれだけいますか?

 

現在アラウンド50で発言権や決定権のある人は、むしろ‥‥

 

昔からアニメの作り方はそうだった

 

‥‥なんて言い続ける人も多いのではないですか。

 

生産性を新しい技術で向上しようなどとは微塵も発想せず、現代社会の技術進化も気にもかけず、「アニメの作り方を決めつけるばかり」ではないですか。

 

昭和のアニメ制作技術は人類普遍の定型プロセスではありません。いくらでも改善と改革の余地があります。

 

 

 

思うに、窮状を傍観して放置し続け、外部のチカラ頼みの論調に傾きがちな人って、

 

アニメ業界は変わらないままでいてほしい(金だけはいっぱい貰えるようになって)

 

‥‥と思っているのではないですかネ。実は「変えたくない」のです。変えたいのは「貰う金だけ」なので、新しい映像フォーマットなんて無用であり、A4用紙で150dpiで二値トレスでSDRのままで、未来も作り続けたいのだろうと察します。

 

「昭和」の時代をそのままに、お金周りだけ「令和」にしたいのが、一定のアニメ関係者の様々な文脈や流れから読み取れます。未来もずっと、昭和から継承した同じルーティンで作業し続けたいこと、‥‥言い換えれば、演出・作監・原画あたりを「聖域」にしたい主旨がクリアボックスの中身のように透けて見えるのです。

 

 

 

私は、昭和を終わらせない限り、昭和の悪癖も延々と引き摺ると考えます。

 

私は昭和生まれなので、特に実感をもてます。

 

2019年の9月の今、昭和はおろか、春に平成すら幕を閉じたではないですか。

 

新しい作画技術を取り入れることで、アニメ制作現場は、作業報酬を格段に改善しつつ4KHDRの未来にも生きていけます。昭和〜戦後に別れを告げ、新しい時代を生きる気概に満ちれば。

 

年長者こそ、新しいことに積極的になるべきです。

 

若い世代が、新しい映像や画像の技術を習得して使おうとしても、昭和生まれが「昔のままがいい」と阻むようでは、なんのための「年の功」なのか。

 

マーラーは14歳下のシェーンベルクの音楽について、こう語ったそうです。

 

「私はシェーンベルクの音楽が分からない。しかし彼は若い。彼のほうが正しいのだろう。私は老いぼれで、彼の音楽についていけないのだろう」

 

正しいか否かの言い回しは「語り口」としても、自分が馴染んできたものとは異質な何かが登場した時、「ありえない」「デタラメ」「インチキ」「気分が悪い」と拒否するだけが年長者の行動ではないことを、この逸話は教えてくれます。

 

私はまさにテレビアニメの申し子です。ベビーブームの中にいました。戦前戦中世代の大人からは新人類(軽く蔑視も含めて)などとも呼ばれ、日本のアニメの「子供向け玩具の宣伝役」待遇を、「映像作品」としての待遇に変えていった世代です。

 

私の世代は、当時の年長者の目からすれば、破天荒で荒唐無稽にも映ったはずです。新しいことをアニメにどんどん取り入れていきました。

 

その世代が、歳を喰ったら体力も行動力も衰退して気弱になって、保守的な立ち位置にばかり固まって、新しいことを嫌悪し、古いやりかたばかりに固執するのでしょうか。

 

もし、昭和40年代前後生まれの人間が若いまま、令和の今にアニメを作るべくタイムスリップしたら、「政治家の力をあてにしよう」なんて、いの一番に言い出さないでしょう。

 

なんとか、自分たちの力で技術改革を推し進め、どうすれば新しい社会と新しい映像産業と共に歩めるかを考えるはずです。

 

 

 

変えていくことを考えましょう。

 

自分たちの発想で、自分たちの行動力で。

 

他人をあてにしてたら、20代もあれよあれよというまに50代ですヨ。

 

キャラの髪の毛の中に目と眉が透けているだけで、生産効率がドカンと下がるような現場を変えていきましょう。

 

アニメ作りは一意ではないです。色々な技術バリエーションがあります。

 

2020年代は、自らを変えていくことが、キーワードとなりましょう。

 

生きるか死ぬか、大きな運命が託されているのですから。

 

 

 

 

 

オマケ:新しい技術の一部を、ちょっとだけ紹介(以前のブログから再掲)

クレーン(ドローン)やZ軸のカメラワークは、もう10年以上前にはスタンバイ状態でした。しかし、制作現場は旧式のタイムシートに固執するばかりなので、一向にアニメ制作には導入できませんよネ。新しいアニメの技術では、XYZの3軸はデフォルトです。

ベクタートレスも、まだあまりにもアニメ業界では未開過ぎます。私らは次のステップとして、Toon Boomにてベクタートレスの本格導入へと駒を進める所存です。

 

描けばどんどん炎になる「リアルタイムエフェクト作画技法」とかも、旧来のアニメ制作フローでは全く取り回せないです。After Effectsだからって、撮影スタッフさんに炎の作画をしてもらうわけにはいかないでしょう。After Effectsを作画のツールとしても認識できる、新世代のアニメ制作技術と意識が必須です。

 

CSVでシートを反映することもできます。さらには、昔から「複合クミ」として問題になる「眉と目が透ける処理」も、簡単なマスクワークだけで下の目や眉を透かすことが可能です。髪の毛に目を描き込んで作画しちゃうなんて、あまりにも面倒で不毛です。

 

 


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