未来は。

4Kはとかく解像度ばかりに目がいきがちですが、アニメ業界的に何よりも重要な点は、4Kをきっかけにして今までの現場の体質を大幅に改善できることです。

 

4KHDRでアニメを作ることは、単にペンタブを導入して画像ファイルの寸法をUHDに合わせるだけでなく、4Kで作るために「作画受発注の1番の元凶」だった「作業報酬のあまりの低さ」が根本から見直される点にあります。

 

制作現場にとっては、何よりもソコが重要なのです。

 

4Kなんて過剰なスペックだ、4Kなんていらない、アニメは今の解像度で十分。‥‥つまり、そういう論調は、回り回って現実として、作画のあまりにも酷すぎる作業単価をそのまま黙認して未来も作り続けろと言うのと同じなのです。

 

2Kの今の時点でも、相当過酷です。

 

女の子を可愛く装飾するために、髪の毛3色ぬりわけでノーマルと影色、ハイライトを足して、合計7色、目の中には様々なディテールが描き込まれ、髪の毛の中は透けて目が描き込まれている‥‥と、その過剰な線の多さを1枚200円ちょいで動画を描く時代です。可愛いキャラのアニメに関わろうものなら、そのディテールの多さから、出来高でカウントしたら散々に低い報酬額にとどまります。

 

「今のままの単価で作り続けろ」とは言ってない。いつか改善したい。

 

‥‥と言うのでしょうが、じゃあ、それはいつ? そして、おいくらに改善するつもり?

 

「いつか」とは、実質的には永遠にやってこない未来

 

‥‥です。憂慮するふりだけみせて、今の制作体制に従順に加担するだけ‥‥なんて、まだ続けるのでしょうか。

 

憂慮する人、「いつか」と言う人は、単価や報酬が「ちゃんと見合う」ように、何かしら向上する取り組みや改善活動をしてますか???

 

ツイートするだけじゃ現場は変わらんのですよ。

 

 

 

タブレット完全移行と4KHDRとハイブリッド作画。この4Kとカットアウトの組み合わせ以外に作画の現場の改善案を思いつきません。

 

紙で2Kで数千数万動画枚数の作画方式は、既に「今までその金額で作ってきたよね。今後も同じ金額で続けてくれ。」と言われてしまう過去の前例を、各社各人、夥しく大量に作ってしまいました。2Kはもう手遅れです。2Kで作り続ける限り、カットアウトでも従来現場の状況は挽回できません。

 

 

 

正直、私は今、カットアウト作画技術を有する作業者がいなくて、酷く苦労しています。物量のプレッシャーに押しつぶされそうになります。

 

しかし、それでも乗り越えようと、気概は充分にあります。だって、その先には未来があるからです。

 

カットアウトを扱えるアニメーターが日本にも増えたら、状況は大きく改善できることを確信しています。カットアウトで作画部分の70%を賄いつつ、残りの30%を旧来技術で作業する作画スタッフには、格段に向上した報酬額を設定できるでしょう。効率の良いカットアウトと技術蓄積に優れた従来技術のハイブリッド方式なら、未来のそろばんも弾けます。

 

そのためにも、今は事例を増やすことに専心します。

 

 

 

逆に。

 

今までの何千何枚枚と描く旧来技術だけで4Kでやろうものなら、確実に破綻します。お金も時間も手間も、何もかも足りなくなるでしょう。これはキッパリと予告・予言できます。4Kの動画単価を今までのテレビの単価で引き受けたら、それはまさにアニメ業界の「終わりの終わり」を意味します。最悪最凶(最狂?)の業界に成り果てるでしょう。

 

私はそんなこと=旧来技術だけで4Kに取り組むことは絶対にオススメしません。新技術と4Kはペアで導入するのが必定です。

 

 

 

今後のアニメの制作現場、およびアニメ産業について、未来をどのように思い描いていますか?

 

2Kの現在においても、色んな状況を目にしますし、実際に過去に関わったこともあります。

 

後動検、二原動仕、拡大作画の乱発、仮本撮、複合組み・多重組み、ゼロ原から4原、一話につき十数人もクレジットされる作画監督。

 

これらはみな、明るい未来の希望を感じる、発展性の豊かな現場が取り入れたことでしょうか?

 

私はそうは思えません。どんどん、なし崩し的に作業体制が変質したに過ぎないでしょう。この流れのまま、いつしかまともに制作現場を運用できる人間が僅かになって、自滅するように思うのです。

 

自滅して消え去った産業は他にもありますよネ。

 

 

 

自滅したい人間なんていないはず‥‥と思います。ヤケクソにでもなっている人以外は、未来も生き続けたいと考えるでしょう。

 

だったら、生き続けるため、作り続けるために、考えて考えて、たとえ最初の一歩は小さくても、実践しましょう。私の4Kの取り組み開始は、2014年当時の10万円のMac miniとA4の廉価スキャナとAdobe CCでした。

 

「できる手応え」を自分・自分たちで掴むほか、きっかけは得られません。

 

他者が手を差し伸べるにしても、自分たちで作り出す未来の可能性の発露は必要です。そもそも当人が諦めて見込みのないものに、他者は関わろうとしません。

 

当人が可能性を見出して、何らかの結果物を成すからこそ、その次、そしてまた次へと繋がっていくのです。

 

 

 

どうせできるわけない、どうせダメだ、どうせ無駄だ‥‥なんて言い続ける人は、死ぬまでそう言い続けていれば良いのです。そんな「ダメ、無駄、不可能」を思考のベースにしている人と、未来に一緒に仕事しようと思うのなら、ご自由にどうぞ。

 

私は、できそうだ、やってやれないことはない、うまくいく方法はある、扉の鍵は必ずみつかるはずだ‥‥と思う人々と、一緒に仕事をしていきたいです。

 

 

 

 


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