4Kへの歩み(2)「紙と高解像度のジレンマ」

2019年現在でもアニメ業界の制作現場は紙と鉛筆が主流です。しかし、フィルムと同様、やがてタブレットへの転換・移行は必至です。‥‥なぜ、そんなふうに「言い切れる」かというと、社会の映像技術・映像フォーマットに紙と鉛筆では対応できなくなるからです。

 

「ここへ来て、急に? 今までずっと紙と鉛筆で描いてきたのに?」

 

‥‥と思うのも無理はないです。特にアニメーターでベテランの人はそう思う方も多いでしょう。あまりにも紙の時代は長かったです。

 

でも、実は過去に何度も、アニメーターに直接的な環境変化が及ばなくても、社会の映像技術進化に合わせて、アニメ業界の映像技術も大きく変化してきました。実際、原画や動画の描き方に「社会の技術変化」の影響が出ているのを、何となくでも感じているアニメーターは多いのではないでしょうか。

 

1980年代と2010年代のアニメの絵柄、特に線画の内容はどのように変わったか。

 

「アニメに高解像度なんて必要ない」‥‥なんて言う人もいますが、それならば、Video CDのフォーマットの汚い画質(0.5K以下)で今でもアニメをご覧になれば良いのです。ちゃっかり、地上アナログ時代のD1(720x486)より格段に高解像度なHDで納品されたアニメ(=たとえ1.5Kからのアップコンであっても)を日頃見ておきながら、「高解像度なんて無用」だなんて無知の無知にもほどがあります。

 

テレビのアニメは、1990年代までは、16ミリフィルム、縦480本程度の低解像度のテレシネ、地上アナログ波、録画するのはVHS、しかも3倍モードなんていう今考えるとあまりにも低すぎる画質で録画して見ていました。

 

 

今は、1.5K前後の中間素材、2K/HDサイズでのフィニッシュ、地上デジタル波、録画するのはBlu-rayの2K/HD、6〜8Mbps録画モードの画質でもVHS3倍モードよるも遥かに綺麗な画質で、深夜のテレビアニメ枠を観たり録画したりしますよネ。

 

全然普遍ではないのです。常に変化しています。アニメ業界の技術も機材も環境も、社会の変化に合わせて、段階的に変化しています。

 

フィルム撮影台、セル用紙、セル絵具はアニメ業界の制作現場から完全消滅したと言っても過言ではありません。アニメーターは変化の実質を知らぬがゆえに実感しにくいだけで、アニメ制作技術は10年前後の周期で常に大きく変動してきたのです。

 

紙と鉛筆は、最後の「変化に取り残された工程」です。未来も永遠に変わらぬ、普遍の工程ではありません。

 

 

 

紙と鉛筆は4K放送、4KHDRテレビ、4Kネット配信に、基本性能として対応できません。なぜかと言うと、

 

「用紙」がA4サイズでは小さいので拡大すると絵が粗くなり、加えて、鉛筆の先端を尖らせるにも限界があるので、やはり絵が粗くなる

 

‥‥という深刻な理由があります。そのあたりは、前回の「4Kへの歩み(1)「iMac 5Kの2014年」」で書きました。

 

「絵描きの人間の精神論」でどうこうなる問題ではないのです。単純に物理的な限界が立ちはだかるのです。

 

「スキャン解像度を上げれば良いんじゃないか?」

 

‥‥と思う人はそれなりに多いでしょう。そう考えてしまう人のほとんどは、実際にスキャン解像度を300〜400dpiに設定してスキャンして二値化してスムージングした結果を検証したことがない人でしょう。つまり、想像、憶測だけで留まり、実践はしていないので「解像度を上げればなんとかなる」と考えがちです。

 

解像度を上げれば、4Kに見合う絵の細かさになる‥‥なんてことはないのです。375dpiでスキャンして描線の入り抜きの部分が多少繊細になっても、元の絵がA4用紙で描かれたものならば、絵の詳細感はほとんどアップしないことを、実際に試してみればお判りになると思います。

 

以下、拡大して判りやすくした図です。線の実寸は、A4用紙のほうは2cmくらいの長さです。A3用紙はその倍の4cmくらいの長さです。

 

A4用紙に描いた細い線の交差を、375dpiでスキャンして二値化&定型処理した拡大図

紙の繊維とカーボンの粒子の限界が、線のアウトラインのデコボコとなって表れる。

 

A3用紙に描いた細い線の交差を、188dpiでスキャンして二値化&定型処理した拡大図

線の太さは同じでも、大きい紙に描くことで相対的に縮小されて、デコボコが少なく抑えられる。

 

私が2014年にiMac 5Kを自宅に導入した後も、紙と鉛筆の限界は「あまりにも大きな障害」でした。大げさな話では全くなく、「運用不能」とさえ思いました。

 

かろうじて「カットアウト目的」ならば、大きな用紙で描いて、相対的に絵を小さくする方法で乗り切れる「可能性」はありました。しかし、何千何万と作画枚数を描く旧来の技術では、紙と鉛筆の高解像度化は「ハナからお話にならない問題外」とジャッジせざる得ませんでした。

 

26cmのレイアウト用紙幅を、4KUHD(3840px)に対応させるには、375dpiが必要だが、絵は決して詳細にはならない。単に鉛筆線の生々しさが増すだけで、しかも鉛筆のニュアンスは二値化でフラットに除去するので、全く意味がない。

52cmのレイアウト用紙幅なら、半分の188dpiで4KUHDに対応できるが、あまりにも用紙が大きすぎる。その巨大なスタンダードサイズの作画を、200〜400円代の動画単価で運用するのは実質不可能。

いずれの場合も、動画だけでなく、彩色のスキャンとゴミ取りなどの整形も格段に手間がかかるようになり、恐ろしくコスト(金と時間と人手)が増大するのは不可避。

 

 

まさに‥‥‥‥

 

進退窮まる

 

‥‥とは、このことです。

 

今までの用紙サイズでは、どんなに高解像度でスキャンしても、4Kに見合う詳細感は向上しない。

 

用紙サイズを2倍にすると、制作運用と作業自体が困難になる。

 

紙に変わる液晶タブレットは、出現していない

 

板状のタブレットは、紙とは異質過ぎて馴染めない人が続出する

 

これは転じて、「究極の選択」を突きつけられたのと同じです。

 

社会の変化、時代の移行、技術の進化に対して、背を向けるか、否か。

 

目的が、「昔、アニメという産業があって、テレビの発達とともに、アニメも花開いたんだよ」と「博物館入り」なら、背を向けて立ち止まっても良いでしょう。博物館に「昔の産業扱い」で陳列されて展示されるのなら、どんなに古めかしくても、現代社会と乖離していても問題はありません。

 

でも、それはアニメ制作の死を意味します。もう未来はないということです。生命活動や代謝が停止して、屍を晒す存在になるということです。

 

 

 

紙でしか線画を描けない現実に対して、行き詰まっていました。iMacの5Kのモニタが目の前にあっても、それをフットワーク軽く活用できないのです。

 

そんな時、まさかのiPad ProとApple Pencilが、2015年の秋に突如発売されました。

 

前回の繰り返しになりますが‥‥

 

なにそれ〜〜〜〜〜!!!!

 

なんというタイミングの良さ。

 

正直、あまりにもタイミングが良過ぎて出来過ぎていて、気味が悪くすら感じたものです。

 

シンクロニシティにもほどがある

 

‥‥と思いました。とはいえ、これで、

 

紙問題が解決できるかも

 

‥‥と思いました。プロ品質の要求に耐えうるiOSのドローソフトが存在すれば、紙から抜け出て、最初から高解像度画像サイズで、Apple Pencilで描けばほとんどの障害を払拭できると感じました。

 

iMac 5Kの4年ローンを抱えたまま、iPad Pro 12.9インチとApple Pencilを注文開始と同時にAppleストアで注文しました。

 

当時の伝票がコレ。

 

 

 

注文開始と同時にローンを申込んだ(手数料無料の24回にした記憶があります)ので、日本でのリアルな発売の日時が確認できます。Apple Pencilは注文殺到だか生産が追いつかずだかで、速攻で注文したのに、すでに5週待ちになっております。‥‥今にして思えば、Apple Pencilだけ即金(代引きなど)で買えば良かったのです。Apple Pencilまで一緒にローンなんて組まずにネ。

 

 

 

こういう「雌雄を決する」場面で躊躇は禁物。

 

Veni, vidi, vici

 

「来た、見た、勝った」と訳されるローマの言葉(日本語訳だとVの韻を踏んでないですが)、わたし的には、iMac 5KもiPad ProもApple Pencilも、

 

来た、見た、買った

 

‥‥です。ダジャレですみませんが、実際、

 

来るべき時にソレが来た、ソレが何かを見てジャッジした、即決でソレを買って導入してすぐに実践を開始した

 

‥‥ということです。未来に勝つために、今買うわけです。お金は使う時に使う、ビジネスとクリエイティブの「ブリッツクリーク」です。

 

まさにその通りで、12月にApple Pencilが届いてから、翌年の2016年の2〜3月くらいには早速iPad Proでプロ仕事を開始しました。1〜2ヶ月もあればApple Pencilには馴染めました。以前の液タブの描きにくさが冗談だったかのように、Apple PencilとiPad Proの組み合わせは「描ける機材」でした。

 

お金。

 

ダラダラズルズルと「後動検」とか「仮本撮」とか「複合組み」とか状況を悪くするためにお金を使う現場もありましょうが、未来を確実に勝ちに行くためのお金の使い方も必要なんですヨ。日本人は先見性にほとほと弱い国民性ではありますが(日和見気質と集団イジメ体質が原因かな?)、全員が全員、弱いわけじゃないでしょう。

 

 

 

では、iPad Pro 12.9インチとApple Pencilで何が劇的に変わったのか。

 

4Kが決して不可能な領域ではなくなったのが、iPad Pro 12.9インチとApple Pencil導入後の流れです。

 

A3用紙の大きな紙で188dpiでスキャンして二値化&定型処理した線と、iPad ProとApple Pencilで描いた生粋の線との違いは、あまりにも明白です。A4用紙の375dpiと比べるとさらに違いが顕著です。

 

大きく拡大しているので両方とも絵の粗さが出ていますが、粗さの質が違うことに注目しましょう。

 

さらには、iPadはこの線を運用可能にするまで10秒とかかりませんが、A4用紙の方は、紙に描いて、375dpiでスキャンして、余計に増えたゴミ取りをして‥‥と、比べ物にならないくらい手間と時間(=金)がかかります。「実を取る」のに、段取りが多すぎるのが紙、ストレートなのがiPadをはじめとしたタブレットです。

 

ちなみに、iPadでは故意に描線のアウトラインをデコボコにして、左図のA4用紙風の線すら、プリセットを変えるだけで描くことができます。ストロークのテクスチャをアニメートできるドローソフトもあるくらいです。‥‥おそるべし、iPadとApple Pencil、そしてiOSのドローソフトの数々。

 

紙に頼らないことで、4K時代のアニメ制作は初めて可能になることを、しっかりと再認識した2015年でした。

 

そのあたりを、次回に書きたいと思います。

 

 


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