20年の「敗戦」

前回の記事で書いてて「ギョッ」としたんですが、

 

東京オリンピックの今世紀「20」年8月は、1945年の昭和「20」年8月の敗戦の様相再び

 

‥‥だとしても不思議ではないですよネ。

 

つまり、東京オリンピックは、戦後日本が再び「敗戦」することの象徴になり得る‥‥と、ゾゾゾっと悪寒が走ったのです。私は「オリンピックは普通にやって、普通に終わる」と考えていましたが、実は今まで蓄積してきた社会の内側の大きな「無理」が、象徴的に2020年の東京で表面化するのかも知れない‥‥と、ふと思ったのです。

 

大怪我をして瀕死となる「負け」ではなく、大病による「負け」‥‥です。なので、外部からは見えにくいのかも。

 

 

 

トライアスロンでは海水からトイレの匂いがして

 

会場では猛暑を朝顔で「キモチ」でなんとかできると考え

 

馬術競技では猛暑ゆえに馬の様子が変で

 

‥‥と、今まで日本が作り上げてきたイメージが全て「敗れる」のが東京オリンピックだとしたら、悲劇を通り越して喜劇です。

 

まさに戦後75年目、奇しくも末尾の2桁が一致した、2020年と昭和20年で、敗戦を喫するのだとしたら‥‥

 

もちろん、2020年に玉音放送が流れることはないでしょうが、「今までの価値観に対する、決定的な不信感」のきっかけが、東京オリンピックになってしまうのだとすれば‥‥、なんとも皮肉な祭典ですネ。

 

 

 

「東京」の「責任」も一致しているように感じます。

 

東京の犯した様々なジャッジのミスが、やがて日本全体を敗戦国へと変えた

 

‥‥というのは、74年前の昭和20年以前も同じでしょう。

 

もちろん、繁栄の「立役者」も東京かも知れませんが、同じくらい、いや、それ以上の深い影響力(まあ、首都なので)で、日本の運命を司ってきました。

 

 

 

アニメ業界的に言えば、4KHDRやカットアウトは「進駐軍」でしょうかね。

 

であるならば、新しい技術に占領されるよりも、そもそも事前に新しい技術を取り入れて、「進駐は不要です。だって、すでに導入して改革してます。」と言ってのけたほうが良いですよ。

 

アニメを作って生きていくのは、並大抵のことでは成し得ません。今までがそうであったように、なおさら未来は格段に厳しくなるでしょう。

 

昭和19年、いや、2019年だからこそ、まだできる「IF」を実践しましょう。私らはすでに新しい取り組みや次世代のアニメ制作を見据えた行動を開始して、実感をひしひしと感じ始めています。

 

自分たちの未来の運命は、自分たちが握っているのです。

 

 

 

アニメ業界人全員で「総特攻」をかけますか?

 

本土決戦に至り、体当たり肉弾攻撃で、世界経済に立ち向かいますか?

 

私は自爆攻撃と言う名の無理心中に加担するつもりはありません。

 

あなたはどうですか?

 

 

 


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