138億年で一度きり

ビッグバン後の宇宙の年齢は138億年と推測されています。私は特に宇宙の知識に詳しいわけではないので、その数値はともかく、人間のような80年のちっぽけな寿命しかもてない存在でも、その人間の体験は138億年で一度きり‥‥と思えば、感慨深いです。

 

日本だけのユルい信仰なのかはわかりませんが、「生まれ変わり」「前世」の話題は昔から耳にします。

 

私は、生まれ変わりに関しては、子供の頃から「無いな」と思ってきました。だって、「前世」の記憶がないのですから、信じろと言われても信じられないです。未来、死ぬまで「生まれ変わり」があるだなんて思い直すことはないでしょう。

 

一方で、仮に宇宙が138億年、地球が46億年、人類が400万年だとしても、私の一生は一度きりで、何の代替もきかない唯一の存在だということは、肌身で実感できます。というか、それしか自分で知覚できませんもんネ。

 

であるならば、人生は極めて希少で代え難いものと思えてきます。

 

あくまで恐らく‥‥ですが、今の文明はやがて滅亡して、地球も砕けて、一生懸命作ったアニメ作品も星屑と化すのでしょう。

 

でも、だからこそ、アニメを一生懸命作りたいと思えるのです。どうせ星屑になるからこそ、今、アニメを‥‥です。

 

はっきり言って、「後世の評価」とかどうでも良いです。昔から思っていましたが、死後にどんなに評価されようが、「うわ〜嬉しい」と知覚できる自分は既に消滅しているのですから、生きているうちこそ全てだと感じます。

 

 

 

NHKの私が好きな番組で「ネコメンタリー」という作家さんと猫の生活を映したドキュメンタリー(というのかな?)があります。

 

空気感、距離感、光の捉え方が、なんとも心地よく、留守録したのを何度も見返してしまいます。

 

猫と暮らす日々の様々なニュアンスが、ただひたすら優しく映像に捉えれていて、カメラに写ったその瞬間、瞬間が、まさに138億年に一度きりの瞬間なのだと、しみじみと心に染みわたります。

 

何の変哲もない日常が、138億年を経て得た、奇跡の連続だったことを、カメラはその撮影の結果物にて、私たちに教えてくれます。

 

 

 

絵も同じ‥‥ですね。

 

絵を描くことも。

 

自分の描いたキャラの1つ1つの表情が、まさに138億年で一度きりの表情です。描く人間が138億年で一人きりなのに、その人間がさらにたくさんの架空のキャラの表情を生み出していくのですから、果てしなくとりとめのない気分になります。

 

でも、果てしなくて、とりとめなくて、それで良いとも思います。

 

私はディズニー1942年公開の「Bambi」が好きで、そのフィルムの1フレーム1フレームが愛おしいです。シーンの合間に描写される森の自然描写は、作画から撮影まで全てが「奇跡のフレーム」としか言いようがないです。

 

 

 

人は皆同じではないですから、138億年に一度きり‥‥なんて考えるのもウザくて面倒な人はいるでしょう。でも、それはそれで、良いのだと思います。皆が日頃から、自分も文明も消え失せて、地球が星屑になる日を考えていたら、ぶっちゃけ、社会は回りませんもんね。

 

なので、ふと映画やアニメやコミックなどを読んで、その奥底にある「刹那的な何か」を感じれば良いのでしょうネ。

 

 


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