めばえ

自分は何が得意なんだろう。‥‥その「何とないけれど、とても重要な、命題」を自己認識するために、5〜25歳の20年が誰に対しても用意されているのだと思います。特に映像娯楽産業の類いは、学校の勉強では教えてくれないことばかりが必要になりますから、それこそ10歳前後で何らかの「兆候」が現れないと、5〜25歳までの期間を単に「行事を消化する」20年にしてしまいかねません。

 

特に5〜9歳あたりの「欲求の芽生え」は、実はものすごい重要度をもって、当人に運命的とも言える強い影響が生じる‥‥と、つくづく感じます。

 

勘違いしないでおきたいのは、既に5〜9歳の子供が、自分の未来を実感している‥‥というわけではなく、自分の未来を左右する「思考と行動の基本」が芽生えるということです。

 

今でも覚えていますが、私は小さい頃「肉屋さん」になりたいと絵に描いたことがありました。お肉が好きだったので‥‥。全然自分の未来を予測できていませんよネ。私に限らず、子供の頃に考える「実際の職業」なんて、誰しも、大きく的を外していることでしょう。

 

子供の頃に芽生えるのは、自分がどのように物事を考え、かつ、実際にどのように行動するか‥‥という「光や風や影」のような「手では掴めない」けれど実際に「大きな役割を担う何か」です。

 

成長する間に、色々な出来事と遭遇し、表面上の性格は大きく変動するかも知れません。しかし、当人の体験から得た知識や経験則よりももっと深いところにある「原理」は、5歳くらいからの10年未満で形成がほぼ完了してしまう気がします。

 

 

 

打算などかなぐり捨てたフィールド、計算や損得勘定では割り切れない、自分の「行動の不思議」、もっと遡れば、自分の「思考の不思議」が、幼い頃の自分に深くリンクしていると思うのです。自分ですら「ミッシング」した思っているリンクでも、実は見えないところで恐ろしく太く強い信号線で繋がっているのでしょう。

 

大人になってから、後付けで絵を好きになろうとしても、結構キツいと思うんですヨ。

 

自分の中の原理が「ソレじゃない」と自動判断するがゆえに、結果、1週間で1枚くらいしか絵を描かなくて、それでも「絵を描けるといいことがありそうだから」みたいなスケベ根性だけは大人になってしまった自分はもたげていて‥‥というのは、まあ、未来には繋がらないですよネ。

 

絵を描く、映像を作る、お話を作る‥‥というのは、やっぱり、自分で「作る」ことの喜びを、自覚なしでも「体や脳の奥で」知っているからです。

 

キャラクターを描く、キャラクターを動かす。キャラクターの人物像に迫る。情景を見る。色彩や陰影を感じる。水や炎の動く様や音を感じる。何かを綺麗だと思う。美しいと思う。

 

これは極端に言えば、自分の愛し方、そして、自分の愛され方に、深く繋がっていると思います。

 

愛する。愛される。生まれ出でた時から必要なプロセスが、どのように積み重なっていって、幼少の自分を形成したかは、考えてみれば重要極まりないことが解ります。

*「愛」とは世間的に複雑で微妙で曖昧な言葉ですが、実はそんなに難しく考えることもないシンプルな内容だと最近は判ってきました。そのことについてここでは風呂敷を広げませんけど。‥‥それに「愛の定義」を自分で見つけられない時点で、人から言葉だけ聞いても理解できないものでしょうしネ。

 

 

 

ただ、そうした自分の原理と向き合っているだけでは「お金は稼げない」ですから、その原理から湧き出るいくつもの潮流を「活用」して「仕事に変えていく」のは大人になった自分です。

 

逆に言えば、打算で色んなものを欲張っても、自分の原理とそぐわなければ、さらなる活用や応用、発展は難しいと思います。「これに噛んでおけばイイコトがありそうだ」なんて、いつかどこかで息切れします。

 

人付き合いは、仕事に合わせて変えられるでしょう。しかし、人の愛し方は、仕事のノウハウでどうこうできるものではないです。しかし、当人の「愛し方・愛され方」がビジネスの表面にも滲み出ることはあるでしょう。

 

それを考えれば、お役所手続きだけでは完結しない、人と人との繋がりで形成されるビジネスにおいては、当人の原理がプラスにもマイナスにも作用することは、理屈で考えて「当然」と言えます。

 

絵の面白いところは、たとえ人付きあいそのものが苦手でも、絵で自分を表現できるところ‥‥でしょうネ。絵を介して、他者と繋がる‥‥という「絵という言語」でコミュニケーションできるのが何とも面白いです。絵を介して、打ち解けていく‥‥ということもあるのです。

 

絵に限らず、人それぞれ、自分の原理に基づく言語を見出しているのでしょう。‥‥いや、見出していない人もいるのか。そもそも、自分の原理を見つめなくても生きていける人は、世の中には結構多いですもんね。

 

絵はそういった意味では、自分の原理から大きな影響を受けるものなので、絵を描いて生活していくというのは、「自分を追い詰めやすい」職業を選択した‥‥と言えるのかも知れませんネ。

 

深夜のアニメを見て軽い感想を述べる程度なら、アニメファンのままで良いです。しかし、アニメを職業にして、しかもクリエイティブに関与するのなら、自分の「芽生え」の部分に立ち戻って、「自分は何なのだろう」という様々な自己分析と自己批判が必要になるのでしょう。

 

 

 


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