雑感

昔のフィルム時代の話とか、紙で一枚ずつ描いて動かすのは凄いとか、思い出話や賞賛はそれとして、我々は商業でアニメを作っている立場の人間ですから、その「凄い」ものを今後「いくらで作る」つもりなのか、ただ「懐かしい」「凄い」と口走るだけでなく、お金のことも同時に考えましょう。

 

紙時代における上手いアニメーターの仕事が凄いのは解ってます。何度も繰りかえさなくても、今のようにネットで色々紹介されてれば、十分認識されてます。

 

じゃあ、その凄い仕事を、未来、いくらで受発注するの?

 

恐ろしく細かい絵柄を、ニュアンスたっぷりに、何千何万枚も絵を描いて動かす、その1枚の値段は、未来、いくらに価格設定するのか。

 

もうそろそろ、「当人たち」が、そういう話に移行し始めても良いんじゃないの?

 

アニメはブラックとか言いがちですが、アニメ制作に関わる作業者、特に原画や作監や演出は、ブラックから抜け出したいのか、ブラックに身を潜めたいのか、ハッキリと自分の意識と立場を決めるべきです。

 

 

 

今のままの紙由来の技術では、「未来は無理」だと思います。最近、特に実感があります。

 

思うに、描かれている内容に見合う作業料金を支払うと、テレビ1話分で5〜6千万くらいは必要になります。動画工程の予算だけで1000万は軽く超えるでしょう。原画動画作監動検を全て「まともな金額」にすると、作画周りだけで1話で3千万近くになると思いますよ。2Kのテレビシリーズでもネ。

 

でも、そんなの無理ですよね。テレビ1話分で5〜6千万もお金が出せる日本の会社やテレビ局は存在するでしょうか。ゆえに、お歴々が集まる業界団体会議では、お金のリアルな話に触れずに、忖度会議に終始するのでしょう。そして、何も決められず、双方の出方ばかり伺って時間を無為に消費するのです。

 

原画動画という技術は、技術そのものは高度に発展したものの、産業としてはもう限界です。お金の面で純粋に、時代遅れです。お金を湯水のように使って、時間も湯水のように使えるのなら、話は別ですが。

 

旧来の作画技術に頼っている人々は、電卓なんて見るのも嫌でしょうが、未来の社会の中で自分たちがどんなことになるのか、電卓を弾くだけで見えてきますよ。

 

 

 

ゆえに、アニメ業界全体が未来を生き残れるとは、私は思っていません。

 

新しい技術に乗り移れなくて、置いていかれて立ち行かなくて終末を迎える会社や個人は、必ずでてくるでしょう。まるでサイゴンの落日の、脱出のチャーター機に乗れなかった旧政府の人々のように。

 

でもそれはしょうがない。

 

新しい時代へと思考を転換すべき時に昔話に花を咲かせ、行動すべき時に意固地になって石のように動かないのですから。

*当人が嫌がるのを、無理強いして、「未来を意識して進みましょう」なんてできませんしネ。進むのも留まるのも本人の自由です。

 

 

 

今の作りかたのままで、各作業者の報酬を「まとも」に設定して、電卓で計算してみてください。

 

絶望的な数字が出ます。

 

少なくともテレビ枠は制作費が高騰しすぎて死滅するでしょう。

 

今の作りかたのままでは、作業者が絶望するか、市場が絶望するか、未来は2択です。

 

昔の夢ばかりに逃避しないで、今までの作りかたを変えることを考えましょう。

 

 

 

幻が消え去り、現実のビジョンが見えれば、いよいよ覚悟はできるんじゃないの?

 

紙にこだわり続けても、どんどん未来が遠くなるばかりです。

 

「いざ!」という時に、紙しか使えないようでは、その「いざ!」という時を逃します。

 

アニメーターであれば、自分の未来は、「自分がどれだけ上手く絵を描けるか」にかかっていますが、自分「たち」の未来は、「自分たちがどれだけ上手くコンピュータを使いこなせるか」にかかっています。

 

上手く絵を描き、上手くコンピュータを使う。‥‥ペンタブですよネ、有り体に言えば。

 

ペンタブを手に、「未来」を「あるべき現実」へと変えていきましょう。

 

 


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