利害と未来

未来、十数年以内に引退を考えている人の多くは、できるだけ今までの自分のやり方が通用し、かつお金を現状維持かそれ以上に獲得して、自分の人生における仕事を締めくくりたいと思うでしょう。未来社会がどのように変わっていくかはあまり関係なく、十数年のスパンで現状維持しつつ報酬額をアップできれば、引退後の生活の「蓄え」「保証」にもなる‥‥という考えです。

 

一方、現在20〜30代の若い人は、自分の技術と経験が通用し、お金をもっと稼ぎたいと考えているでしょう。その部分は、50〜60代の中高年と同じです。しかし、十数年で引退など考えてはいないし、未来社会の変化にも歩調を合わせて、自分の技術と経験を更新しつつレベルアップを図ると思います。

 

自分の技術と報酬に関する利害だけは一致していますが、それ以外の要素は大きくズレていると言えます。

 

ぶっちゃけ、どの世代にも共通しているのは、お金の話だけ。

 

例えば、技術に関しては、

 

全く新しいことでも、未来の自分の糧になるのなら、習得したい

 

‥‥と、若い世代が思うのに対して、

 

全く新しいことは、今の歳から習得は困難なので、しないほうが良い

 

‥‥とベテランは思うかも知れません。

 

これはすなわち、

 

自分の未来のスケジュール

 

‥‥を各人が計算しているからですよネ。未来が50年あるのと、20年未満とでは、計算も大きく変わってきましょう。

 

場合によっては、人生のスケジュールの違いが、技術発展に対する思考において、真逆の方向性を示すこともあります。

 

自分の未来を考えて、新しい技術開発を推進すべきだ。古い技術は更新すれば良い。

自分の未来を考えて、古いままの技術で維持すべきだ。新しい技術は補助程度で良い。

 

‥‥と、自分の未来における「技術の取り扱い」を考えるだけでも、各人の状況によっては正反対になることすらあります。

 

 

 

ただし、「未来」ということについて、今一度、重要なポイントを思い起こしましょう。

 

自分の個人的な思惑では直接手の届かないところで、社会の未来がどんどん決定され続ける‥‥ということを。

 

エンタメの世界、趣味娯楽の世界は、社会の様々な要素の移り変わりによって、その姿を変えていきます。「時代に合わせて新しく変わり続ける」特性があります。それは製造業におけるマテリアルやエレクトロニクスの進化、地域に張り巡らされるインフラの進化と、決して無縁ではないでしょう。

 

社会の技術が進化すれば、社会の価値観や速度感も変わり、やがてはエンタメ・娯楽の世界にも影響を及ぼす‥‥というのは、今に始まったことでなく、昔からの性質です。

 

どんなに自分の思惑で「古いままがいい」と考えても、新しい機運と契機を常に追い求めて産業を活性化させようと動く社会構造は、変えられないですよネ。

 

 

 

まあ、各人がどのような人生を歩むかは、当人が決めれば良いことです。

 

しかし、「古いまま」をさもアニメ制作の一般論や通論、アニメ業界の総意にするのは、やめた方が良いですよ。‥‥マジで、ベテランの引退とともに、「古いままの構造」が破綻します。「ベビーブーム流」の作り方は、未来にはベビーの少ない日本には通用しなくなってくるのは、理屈で考えれば誰でもお判りでしょう。

 

ベテランの心情は、アニメ制作現場が晒される未来の状況とは、一致していません。ベテランの心情に合わせて、若い人間まで新しい可能性に目を向けないのは、極めてマズいです。

 

ベテランの慣習に沿って、旧式な装備と技術で2020年代も続けてしまって、いざ、

 

「俺ら、引退するから。今までありがとう。後は勝手にどうぞ。」

 

‥‥と、ベテランが去った時に、未来社会の技術レベルから深刻な遅れをとっていることに今更ながら気付いて、再構築しようにもベテランに引きづられて古い慣習で生きてしまったので「開拓の方法論」を知らず、資金調達も一度には難しく、進退窮まる‥‥なんてことも、容易に想像できます。

 

別に思惑や目論見は個人それぞれでいいです。問題は、世代を超えて共依存してしまうことです。何を言うても、世代ごとに思惑や目論見は違うのです。完全一致させようとすることに無理があります。

 

 

ベテランはベテランで、「旧来の技法で作り続けて、売り物になる方法」を本気で必死に模索すべきでしょう。「どうせアニメはこういう作り方でしょ」とあぐらをかいているばかりでは、自分が走りきるまでに息切れ・期限切れすることもありましょう。

 

若手や中堅は、世界規模の「新しい技術世代」を意識して、自分らのアニメの作り方に積極的に取り込んでいくバイタリティが必要です。ベテランの価値観に染まりきって、自分らの未来を忘れるべからずです。

 

そうした世代ごとの思惑の違いを踏まえて、何が共通で共用できて、お金だけではない他の要素も含めて利害一致する部分を探しだせるかを、明確に意識して考えていくのが、2020年代、そして令和の未来です。

 

 

 

ベテラン‥‥ということで考えると。

 

旧来の技術が自然とダメになるわけではなくて、あくまでその旧来の技術を扱う人間の問題です。旧来技術に慢心して、未来での「技術のありかた」をほとんど考えなくなる、いわば「技術のセルフネグレクト」〜自分らの技術に対する自己放任が大問題なのです。

 

中高年や老人のセルフネグレクトは、ゴミ屋敷だけでなく、自分の仕事の技術にも及ぶように思います。

 

旧来技術だって、その技術の本質を改めて細部まで見直して、旧来技術のアドバンテージが活きる制作現場を再構築できれば、じゅうぶん、4KHDRの時代にも生き残って存在をアピールできるでしょう。‥‥まあ、今のままの延長線上では難しいですけど、一旦細部まで分解清掃した上で、2020年代のインフラを導入して、「ネオクラシカル」として様式を確立すれば、新方式には真似のできない領域を獲得できると思います。‥‥でもそれは、それがやりたい当事者の情熱でしか成し得ないでしょうけどネ。

 

一方で、単純に「今の方法で逃げ切り」だけを考えるベテランは、‥‥まあ、未来の運命に任せて、うまく逃げ切れればそれはそれで当人は良しでしょうし、ダメだった時は後悔してピンチに立たされて悪しでしょうし、当人の選んだ現在と未来の選択肢であり、他人がどうこう言うこともないです。

 

 

 

私は、やろうと思っていることが、未来社会の技術進化なしでは成立しないことですし、それによって報酬も獲得できると目論んでいますから、若い世代の未来の指針と一致する部分が多いです。別に若い世代に合わせたり媚を売るつもりはなくて、単純にベクトルが一致しているだけの話です。

 

まあ、未来を指向すれば、年齢に関係なく誰でも行動は似てくると思いますけどネ。未来に背を向けると行動が似てくるのと同様で。

 

それに私は、制作集団活動と個人活動の2系統で自分の人生を設計する方針へと、近年は変わっています。自分の世代だけでなく、自分の立ち位置についても、フリーも会社員もおしなべて「皆アニメ業界の社員」みたいなマインドセットから離脱すべきと考えます。

 

まあ、20代の頃から、もっと明確に、集団と個人の活動の切り分けをすべきだったと思いますが、私が20代の頃は、パソコンもネットも未発達で、iPadのような本格的な絵を描けるタブレットなんて皆無(PalmやNewtonは絵を描けると言うよりはメモ)でしたから、それも「時代=社会」の宿命と考え「恨み節」など吐きません。逆に、経験も知識も備わった今、iMac 5KとiPad Proがあるだけでも、ラッキーだと思います。

 

「扉の鍵」は見つけようとしなければ、いつまでも見つからず、鍵を開けて扉を開かなければ、向こう側には行けません。アラウンド40〜50のベテランでも、扉の鍵を見つけることは可能でしょう。扉の鍵を見つけようとする若い世代と、行動が一致することもありましょう。

 

自分らの保身のために、若い世代が扉の鍵を見つけられないように隠す‥‥というよりは、扉があることすら隠すようなことは、ベテランはすべきではない‥‥とは、私は思いますけどネ。結局は、保身にはならず破滅に繋がると思いますから。

 

世代で限定せず、扉の鍵を開けて向こう側に進んで、そこから先は、年相応に引退するなりペースを落とすなり、どんどん進みまくるなり、それぞれが未来を進めば良いと思います。

 

過去に留まるのではなく、未来を目指して‥‥が、私の考えです。

 

 

 

昔のロボットアニメで、

 

決められた道をただ歩くよりも

 

選んだ自由に傷つくほうがいい

 

‥‥なんて、グッとくる歌詞が主題歌だったアニメがありましたヨ。(今はあまり顧みられないアニメですけどネ)

 

傷つくのが怖くて過去に留まって日和って生きるのと、生傷が絶えずとも未来を目指して日々戦って生きるのと、どっちを選ぶかって言えば、私は後者だよなあ。

 

 

 


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