変わるものと変わらないもの

世の中のものごとには、頻繁に変わっていくものと、何十年も変わらないものと、結構様々にバラつきがあります。‥‥で、特に映像制作に用いるコンピュータは、頻繁に変わる類いになります。

 

商業映像作品の制作そのものが、その時代の流行を反映したり、社会的なインフラや技術発展の強い影響を受けるからです。

 

別に今でも、720x486で映像は作れるんですよ。でも、そのSD時代のフォーマットで作っても、今では商業映像作品として売り物にならないので、SDサイズでは皆もう作らないのです。

 

一方、MXRのDynaComp。今でも1972年リリース当時から基本設計を変えぬまま、DC電源ジャックを世界標準に合わせるくらいのマイナーチェンジで、今でも作り続けています。1972年なんて、まだ生まれていない人も多いですよネ。

 

EOSの廉価50mm三代目で撮りました。iPhoneのカメラで写したのとは、細部のディテール描写、発色など「存在感」が全然違います。考えてみれば、単体レンズ製品も寿命が長い類いですネ。10年20年はあたりまえのようにラインアップされます。

 

 

1970年代のDynaCompを、2019年の今の技術に合わせて「デジタルシグナルプロセス」にしようものなら、全世界の愛好者からブーイングが巻き起こるでしょう。「こんなのDynaCompじゃない」と。

 

どんなにハイレゾの世の中に変わろうと、DynaCompはそのまま。

 

DynaCompは、それこそ、オープンリールのマルチトラックの頃から、100トラック以上も可能な現在のMac/PCのワークステーションまで、変わらぬ姿と音を提供し続けています。

 

EOSも、本体は「デジタル一眼レフ」に変わろうと、使うレンズは50mmの二代目(現在の三代目〜STMの前のモデル)でも雰囲気たっぷりに撮れて、第2世代のファンも多いようです。

 

 

 

何を言うても、変わっていくものと、変わらないものと、色々なものの中で生きていくだけのこと‥‥です。

 

移ろいやすい性質のものに「どんどん変わるな!」と目くじらをたてて怒って、変わらないことで価値があるものに「古い!」と怒るなど、むやみに怒るだけ「怒り損」です。

 

時代の流れに合わないことで価値が下がるのなら、合わせていけば良いと思います。時代とはあえて合わせないことで価値を有するのなら、そのままで良いです。

 

 

 

映像もSDからHDへ、そしてHDからUHDへと変わっていきます。VHSを使っていた家庭は、今やHDDレコーダーやBD-Rに変わりました。そしてもはやテレビ放送を録画するだけでなく、録画せずとも繰り返し見たい時に自由に見れる、ネット配信映像も随分とUHD〜4KでHDRのクオリティでどんどん普及が進んでいます。

 

昭和テイストのコミックやアニメの絵柄が時代を象徴したように、いわゆる「萌え」と呼ばれる絵柄は平成テイストとなって、令和にはまた新しい何かが台頭するでしょう。

 

平成に20代だったアニメ好きの人は、令和10年には30代ですから、もはや若者ではなく、中年に差し掛かります。

 

身の回り、そして自分のカラダが移ろうのを嘆いてもただ寂しく悲しいだけです。

 

時が移ろい、世の中が移ろうことを楽しめなくなったら、まあ、それはもう、ココロまで老いてきた‥‥ということでしょう。

 

変わるもの、変わらないもの、両方の性質をうまく活かせば、ものごとのネガティブな部分ではなく、ポジティブな部分を自分の人生に活かせると思うんですよね。

 

令和はキビしい部分もあるでしょうけど、楽しいこともいっぱいだ!‥‥と、やりたいことが多くて困るくらいでちょうど良いです。

 

 


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