昭和、平成、令和

時代の区切り、時間の区切りなんて、人が勝手に設定するもので、気持ちのもちようだとは思っている一方で、勝手であっても区切っておかないと折り合いがつかないとも思っています。なので、何かをきっかけにして区切ることは、過去にも現在にも未来にも必要であり続けるでしょうネ。

 

自分にとって、昭和の終わりは、幼年期〜少年時代の終わりだったと思います。1989年はすでにアパートを借りてフリーアニメーターでお金を稼いでいましたが、20歳そこそこでまだ考えも浅く、自分自身「アニメ業界の社員」のような気分でいた頃です。1989年が昭和の終わりで平成の始まりだったとは最近まで明確に記憶していませんでしたが、「1989」という西暦だけは覚えていました。

 

当時「自分で何か発想して行動しないと、このままでは潰れる」と思って、仕事以外=プライベートの絵に「since 1989」みたいに「1989」を明記していた時期があるからです。つまり、「1989」を自分の中での区切りの年にしたのです。‥‥やっぱり平成の元号にちなんだのかな?‥‥自分でも記憶が曖昧です。

 

高校時代から作画の仕事をお手伝い程度で開始して(高校在学中に作打ちしたことがあるよ)、卒業と同時にアニメーターになって、作画の報酬で生活もできるようになって、初めて自分のギャラでFender Japanのストラト(ラージヘッドでローズ指板でクリーム色の白でした)も買って、順風満帆のように感じていた一方で、アニメの仕事に憧れ続けていた意識のままでは限界があると気づいた時期でもありました。まあ、今の若い人も、アニメ業界でフリーで2〜3年やれば、流石に「問題」に気づくでしょ?

 

原画の仕事を日々作業するにしても、それだけで自分の人生が塗り潰されていくことに、大きな不安と危機感を感じたわけです。「せめて、自分の絵〜ビジョンをもっておかないと」と思って、自分のルーツを20歳そこそこの若気の至りながらも模索しはじめたのが、まさに昭和から平成へ変わる、区切りの1989年でした。まあ、実際は、技術力も幼い20歳そこそこですから、そんな簡単に「自分を形成できる」わけもなかったのですが、「アニメ制作現場の都合に流され続ける人材」から脱出しようとココロの中で区切ったのを思い出します。

 

で、30年経ちました。色々なことが起きて、色々な経験をしましたが、平成に悔いは全くないです。それはやっぱり、昭和から平成へと時代が移る時に、自分の中で「昭和の終わり」と「少年時代の終わり=自立の始まり」がシンクロしたからでしょうネ。自分の中で過去と未来を区切ることは大切だなと思います。

 

そして、令和。2019年。

 

また、末尾は9なのネ。1989と合わせて、覚えやすくはありますネ。

 

2019年も自分の中で区切りの年になりそうです。技術面だけ見ても色々な転機でしょうし、顧みられなかった技術の復活の年でもあり、新たな始まりの年にもなりましょう。少なくとも、自分の意識の中では、良い区切りになりそうです。

 

ぶっちゃけ、もう若くないもん。若い時と同じルーティンは通用しません。貯めてきた知識や技術やコレクションを、今度は展開して組み合わせて死ぬまでに使い切るくらいの意識が必要です。墓場の中にまでコレクションは持っていけんもんな。

 

平成の時代、自分が死ぬことなんて考慮していませんでしたが、令和の時代は心のどこかにいつも「人生のケツ」(尻。人生というスケジュールのケツね)を意識して、「貯めるだけ貯めて使わないまま終わる」なんてことがないように行動を展開していくのが、まさに自分の中での「令和の区切り」と思っています。

 

20〜40代でやるべきことは、平成にやっておきました。であるならば、同じことを令和に繰り返すこともなかろう。令和には令和の役割がありましょう。

 

 

 


関連する記事

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM