Web

よく考えてみたら、私がやろうとしているWebは2つではなく3つあって、

 

  • 自分の日々に関するWeb
  • 趣味に走るWeb
  • 技術標準化Web

 

‥‥でした。このブログは、そもそも「自分の日々に関するWeb」のブログ部分が生き残ったもので、「趣味のWeb」と一緒に2000年代から続けていたものです。(実際は、1998年とか、PageMillとかクラリスホームページが存在した頃から)

 

技術標準化Webは、これから未来の様々な新技術に関して、過去の反省を盛り込んで、「規約などの約束事」「技術の標準仕様」などを明文化して、出典を明らかにするためのものです。いわゆる「未来のStandardization」に関するもので、私だけでなく、共同執筆者もおいおい募って、ソサエティとして機能できたら‥‥と考えています。アニメ業界に「ありそうでなかったもの」‥‥ですネ。

 

自分のWeb、趣味のWebはアドビフォントを楽しく使って、遊び心を反映しようと思っています。Adobe CCの費用は自分持ちですから、After EffectsやPhotoshopを使うだけでなく、色々な機能を活用して、対価に見合う充実を得ようと思います。

 

技術標準化Webは、フォントは各プラットフォームに任せて、CSS単体で可能なデザインを作ろうと思っています。ボックスとかの装飾はCSSだけで可能ですから、トピックや注釈などを見やすくしたデザインは、macOSやWindowsだけでなく、iPadのSafariiやAmazon FireのSilkでも反映されます。

 

今さらながら知ったのですが、最近のブラウザは、たとえ指定したフォントがなかろうが、「セリフ」「サンセリフ」「モノスペース」のラベルを見て、有り合わせでちゃんと「明朝体」「ゴシック体」「等幅フォント」だけは表示してくれるようです。賢くなったよねえ‥‥。

 

技術標準化Webは、フォントなどの維持にお金をかけずに読みやすいデザインを実現して、どちらかというとコンテンツを充実するのが本命です。データベースとの連携で、用語辞書とかは検索しやすくしたいです。

 

旧来のアニメ制作技術とはできるだけ分離して、新しく定義し直すのが肝要と思います。「レイアウト」とか「タイミング」とか「Follow」「Pan」「フレーム」はアニメ用語ではなく一般用語ですから継承しつつ、AセルBセルとか付けPANなどの用語は廃止するなど、フィルム時代の形骸化した慣習は取り除いていくのが、未来に必要なアクションです。A下下セルとか呼ばずに、任意の呼称・IDで呼べば良いですしネ。

 

 

こういう取り組みって、ツイッターでは無理ですよネ。ツイッターにはツイッターの長所がありますが、万能ではないです。最近思うのは、皆がツイッターがやるようになって、何とない意識を共有することは可能になったものの、まとまった具体的なアクションによる結果物がむしろ以前に比べて残せなくなっているように感じます。

 

呟くことで「言うたった!」とプチ達成感は得られるでしょうし、バズったとばかりに共感した人数も数字に表れますが、その後、サーっと潮が引くように消えて無くなります。このブログもツイッターよりは長文が可能でカテゴリにも履歴が残りますが、新しい記事にかき消されて古い記事はどんどん消えて、いつも読めるカタチとして残りにくいです。

 

「業界問題」をツイッターでアンケートをとっても、その後に、そのアンケート結果が何の役にたったのか、また、そのアンケート結果をいつでも参照できるのか、かなり危ういです。不特定多数にアンケートをして、どれだけの人がそのアンケートに注目したかを、ツイート主が満足するに過ぎないのではないでしょうか。

 

ツイッターやブログを自分のネットの手段にしてしまうと、後には何も残らず、毎年毎年同じような行為を繰り返すばかり‥‥、まるでうる星やつらのビューティフルドリーマーのような状況に陥るように感じるのです。私はツイッターはやりませんが、ブログをやっててそう思います。

 

ツイッターはきっかけにはなりますが、そのきっかけが後に連鎖して続いていかなければ、何かを変えたり動かしたりするのは不可能です。もし可能だというのなら、数年前からツイートされている多重・複合クミの問題は改善なり解決しているはずですが、今年も同じトラブルは絶えませんよネ。ツイッターの強力・高速・広大な伝播速度の性質だけでは、物事は変えていけないのだと、そろそろ気がついている人も多いと思います。

 

ツイッターを検索しても、「どうすれば複合クミを完全に回避できるか」のドキュメントはでてこないのですから、改善されないのは当然です。私が考えるに、キャラデザインから回避しなければ複合クミのトラブルは根本解決には至らないと思いますが、どのように対処すれば良いかはツイッターでは示されず、単に危機感や怒りを煽るだけの結果になっていますよネ。

 

私もこのブログで記事を書きますが、日々日記のように書き綴るブログの性質ゆえに、技術解説書や用語辞書のようには構成できません。せっかく書いた記事は、どんどん新しい記事に埋もれて省みられなくなります。

 

印刷媒体では、新聞や雑誌の他に、辞書や事典など、ニーズに応じた様々なスタイルが存在します。新聞で全ての文書がカバーできるなんて、誰も思ってはいませんよネ。

 

しかしネットのドキュメントに関しては、ツイッターを過信するあまり、Webサイトのまとまったドキュメントを軽んじる傾向に「この10年」で変わっていったと思います。「ホームページなんて古い!これからはツイッターなどのSNSだ!」みたいに言っちゃってネ。‥‥その結果、危機感だけが募って、技術の実践は停滞した、「空白の10年」が形成されたのかも知れませんネ。

 

実際、「自分のホームページ」を放置して数年経過し、ツイッターだけで自分のドキュメントを発信する人は、かなり存在するでしょう。私もツイッターではないですが、同じクチです。ブログばかり書いて、まとまったドキュメントは数年書いていません。

 

それによって、「ヤバイ!急げ!大変なことになる!」と危機感だけは確実にヒートアップするものの、実際に「じゃあ、どうすれば良いのか」を示す文書はどこにも存在せずに改善の道標すら見つけられません。つまり、皆で地団駄を踏んだまま、先には一向に進めていない数年が経過した‥‥ということです。

 

う〜ん、恐ろしい。「時は金なり」なのにネ。

 

ツイッターは広告や告知に使うべきで、技術解説や用語辞書に使おうとしても無理があるのでしょう。

 

技術解説を細切れにツイートしても読むのが面倒ですし、あとでまとめサイトでまとめたところで、辞書や辞典にはなりません。無駄が多すぎます。ツイッターは告知、広告、引用による紹介が適していると思います。まあ、あとはホントに「呟くため」ネ。

 

 

 

とまあ、これだけ状況を私なりに分析しているので、少なくとも自分は、ブログだけでなく、Webも復活して再開したいと思っています。

 

私の本業はWebを作ることではないので、どうしても仕事の合間のプライベートな時間を使うことになります。ゆえに簡単には復活も再開もできず、相応に手こずることと思います。CSSのデザイン定義から自分でやらねばばらないので、地味に時間がかかります。

 

ということで、簡単に書けるブログやツイッター‥‥という流れになるわけですが、前述の通り、「日記やつぶやき」は辞典や辞書のようにいつでも存在して再読できる「拠りどころ」にはなりません。簡単に書けるから‥‥という理由で、この10年に失った機会損失は、実は間接的にかなりのものがあると思っています。

 

明日から令和。来年は20年代。

 

目覚めるには、良い区切りですネ。

 

 

 

 


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