絶対練習量

昔から「練習量の問題ではなく、どこをどうすれば上達できるか、メカニズムの問題だ」という論調があります。私の実感からすると、これは半分当たっていて、半分外れています。

 

メカニズムの問題、もっといえば、どうやら自分が上達に行き詰まっているらしきことを、自覚するためにも、絶対的な練習量は必須なのです。数日に1枚しか絵を描かなければ、数日に10分しかピアノやギターを練習しなければ、塀にぶち当たることもままなりません。だって、ちょっとしか歩かなければ、塀はまだまだずっと先にあって、見えもしません。

 

ただ、どんなにちょっとしか練習しなくても、自分の下手さ加減は認識するので、「指南書」「技法書」「何々教室」みたいな「上手くなれるかも知れない魔法の手段」を求めて彷徨い続けて、やっぱり壁にはぶち当たらないまま、時間をどんどん浪費します。

 

まずは独学でも良いから、とことんやってみる。‥‥基準としては、例えば絵を独学で描くのなら、数歳から十代最後までに1万枚くらいは描いておきたいところです。8歳から19歳まででカウントして、12年間で1万枚だとして1日平均2〜3枚ですし、クロッキーのような絵が大半ですから(精密なイラストを1日に3枚描くわけではない)、決してできない量ではないです。‥‥まあ、こうして文に書いているくらいですから、私はそのくらいは描きました。

 

そうすると、2〜3千枚くらいの小区切りで、もっと他の考え方、描き方を実践してみても良いのでは?‥‥という考えが自分の中にどうしても生まれます。そりゃあさすがに、2千枚も描けば気づきますわな。

 

そんな時に1冊の技法書に出会うと、今までの数千枚の経験も合間って、目からウロコが落ちるのです。

 

つまり、技法書1冊と向き合っても、その技法の指南が有用で有意義であることに気づくためにも、絶対的な練習量の前段階は必要です。

 

もし習い事で親御さんがお金をだしてくれるのなら、それはラッキー。独学ではなく、先生に教えてもらいながら、やはりとことんやれば、独学よりもさらに上達が期待できます。ピアノ学習が良い例です。基本をみっちり、幼少の初期段階から学ぶことで、独学とは一線を画した強固な基礎が形成される‥‥のを見て、独学の私は羨ましい感情を覚えたものです。‥‥ただ、実際に幼少からの厳しい訓練を経験した知人は、精神を病むくらいのところまで追い詰められる経験もしており、外野の人間が羨むだけの甘い世界でもないとは聞きました。

 

 

自分がうまくならないのは、練習の方法が悪いからだ。うまく教えてくれる人がいないからだ。

 

厳しい練習量を避けて、上手くならない原因を外部ばかりになすりつける人もいましょう。誰かガツンと「お前のその考え方がつまずきの大原因だ」と親身に言ってくれる親友でもいない限り、一生死ぬまで「自分以外が原因だ」と思い続けるでしょう。

 

絶対的な練習量は必要で、さらに上達するには、メカニズムにも着目し、段階に見合った学習法を実践する」のが、私の考える理想的な道のりです。

 

 

 

変な言い方‥‥かも知れませんが、何年も描いているにも関わらず、絵が上達しない人って、傲慢な人だなと思う時があります。

 

なぜかというと、「自分は才能があってデキる人間だ」という前提があって、ゆえに地道な練習を避けているだろうと推測するからです。地道な練習なんて才能のない奴のすることで、自分は才能があるからいきなり中級レベルから始めても出来るはずだ‥‥と、本人以上に、絵が口ほどに物を言います。

 

まともに左右対称に描いてみましょう。まともに立方体を描いてみましょう。顔の中身だけでなく、手の指先まで、シューズのアウトソールまで、すべて誤魔化さずに描いてみましょう。

 

頭部と「性的なニュアンスを感じさせる部分」しか興味がなくて、それ以外は「めんどくさいもの」とみなしているのが、絵から発散されているのを、絵が下手な当人は気づかないのです。

 

「絵の要素に格付けを勝手にして」、「めんどくさいものは描きたくない」だなんて、極めて傲慢ですよね。

 

絵の中の全ての要素に対して謙虚であっても、そこから先にさらに上達の何段階ものステップ、絵を魅力的なものへと導く技法の数々が待ち構えているのです。自分に才能があるかないかなんて、矮小な視点でうじうじ悩んで留まっている余裕などないです。

 

技法書や教室での指南は、日々の修練に勤しみ、謙虚に物事にあたる人にこそ、福音をもたらすものと思います。

 

根拠のない自信に自惚れて、自分を甘やかす人には、技法書も指南も有効に作用しません。そして、当人は「この技法書は使い物にならなかった」なんて吐き捨てるのです。

 

「教室マニア」「技法書マニア」を自認するのならそれはそれで趣味なので他人が口出すいわれはないでしょう。しかし、「どこかの教室」「何か技法書」さえあれば自分が上手くなれると思い込んでいるのだとすれば、それは非常に見当違いで哀れなことですから、身近な人がアドバイスしてあげても良いように思います。同僚のよしみでネ。

 

 

 

思うに、就職して社会に出てしまったら、絶対的な練習量を確保する時間も相当削がれます。

 

アマチュアの時に、多くの練習量を重ねて、自分の中で何回かの気づきも経て、そうした上でプロの作業に就けば、シームレスに上達のカーブを上がれるはず‥‥ですが、アニメ業界はそうなっていないのかな‥‥。

 

絶対的な練習量はどうしても必要です。ひたむきな情熱は、なにものにも代え難い、当人の資質です。

 

絵を描くのがめんどくさい人を、どうやって絵描きに育て上げるか‥‥なんて、愚の骨頂です。やはり、絵描きの職業は、絵を描くのが好きな人がなるのです。

 

あとは、受け入れ側としてのアニメ制作現場が、過去の因習を断ち切って、どのように未来の現場を構築し直すか、ですネ。

 

 


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