雑感

私は、レイアウトチェックをスキップして原画を2者に分割する「1原2原」にはどうしても構造上の欠陥があると考えています。

 

なによりも、レイアウトのチェックができなくなる点です。今、レイアウトチェックって、実質死んでしまったのですかね。

 

第1原画は、レイアウト+ラフ原画+シート‥‥で、レイアウトと同時にラフ原画まで描くので、描く側は「レイアウトの変更があった場合、ラフ原が全直しになる」という恐怖、チェックする側は「ラフ原を描いてもらったので、レイアウトの直しが気が引けてできなくなる」という状態に陥っています。実際、そういう場面は何度もありました。

 

第2原画のほうは、「原画の仕事はないですか」という問い合わせではなく「第2原画の仕事はないですか」というのもあると聞いて、愕然としました。「原画の仕事を問い合わせて、第2原画ならあります」という流れではなく、最初から「第2原画決め打ち」で仕事を欲しがる人がいる‥‥という現実において。

 

もう、もとには戻らないのかな‥‥。

 

原画の第1第2工程が既成事実となって、今や第2原画もれっきとした工程のようにフィックスされて、もし以前のカタチに戻そうと統合しようものなら、「第2原画で生活している人もいる」とかの論調が巻き起こりそうです。

 

総々作監、作監十数人にしても、もとのカタチに戻す努力をしても良いんじゃないかと思いますが、「必要だから存在しているんだ」と言う論調もあるでしょう。

 

従来の現場の出来事は、従来の現場の人間が主導して解決していくべきで、私が口を挟むこともお節介だなと思います。

 

 

 

アニメ業界を親方のように慕って、親方の決めた枠組みでしか生きられない自分。親方に異を唱えて、枠組みの限界を突破するのが、そんなにダメなことなのかな。


世界規模の新しい技術が活用できる場面において、それすらも「業界がお気に召すように献上」するのか?

 

だったら、ずっと、親方=業界のいいなりのままだよ。

 

 

 

親方=従来のアニメ業界はずっと健在なのでしょうか。

 

アニメは産業ゆえに、時代の流れによって、浮き沈みもありましょう。

 

過去、旧来技術に固執するあまり、時代についていけなくなって、衰退した産業はいくらでもあります。

 

 

 

私は、アニメ業界の主流に同調せずとも、アニメを作って未来に生き続ける道を模索したいです。やっぱり、作監が1話に十数人クレジットされるのは異常だと思うし(「監督責任」をとれないじゃん?)、「1原2原」でレイアウトチェックが死んでしまった現実を受け入れられません。

 

原動仕美撮と言うカタチを崩して新しいカタチに変えても、絵を描いて動かす人は不動、色を彩る人も不動、情景を造り出す人も不動、コンポジットする人も不動です。ただ、原動仕美撮というスタイルではなくなるだけで、人間の力は不動です。

 

新しいワークフローには、レイアウトを吟味する工程がちゃんと設けられています。動きの根本を専門に扱う工程、絵を綺麗に整然と動かす工程、階調トレスを扱いHDRでペイントする工程、ランドスケープ(景観)を作り出す工程、舞台のレイヤー構造を組む工程、ビジュアルの様々な効果を生み出す工程、その他にも色々と工程が継承されたり新定義されています。

 

私は今までよりアニメ制作にはお金がかかるようになると思います。たとえ新技術を導入しても、4KHDRの時代にふさわしい丁寧で美しいアニメを作りたいですから、お金が従来より多くかかるのは当然です。人件費も機材費も今までの枠に収まるわけがない‥‥と、私は実感しています。

 

 

 

でも、まあいいか、もうこの話題は。

 

従来現場をどうしていきたいかは当人たちが決めるべきだし、新しい現場も当人たちが構築していけば良いだけのことです。

 

お金の問題も全部含めて、「誰かが変えてくれるのを待つばかり」だから苛立ちもするのです。

 

当事者の行動こそが、未来を変えていけると思います。

 

 



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