戦史と精神論

一人で飯を喰う時、私の楽しみはKindleで戦史ものを読みながら、食べることです。「飯が不味くならねーか?」とか言われそうですが、飯を呑み込むのと、文章を呑み込むのがシンクロして、意外にイイですヨ。

 

山崎雅弘さんの戦史短編ものは、近代史における戦史を幅広く扱っており、特に250〜350円シリーズは題材ごとに短くまとめられた、読みやすい内容です。

 

最近「ベルリン陥落 1945」を読んでいるのですが、何だか、末期的なアニメ制作現場そのもので、ここでもまた「近似形」を認識しました。以下、抜粋です。

 

 

 

 

歴史は繰り返すよね〜。

 

続きは、Kindleで購入してお読みください。

 

●ベルリン陥落 1945 Kindle版

スクリーンショット 2019-03-08 2.51.45.png.jpg

 

 

もちろん、個人の内側においては、「信念と成功への強い意志」もありましょう。また、新しい何かを成し遂げようとする集団において、共通の目標を掲げることもありましょう。

 

しかし、劣勢を挽回する状況において、場当たり的に「信念」とか「不屈」とか、言って欲しくないですよネ。単なる詭弁だもん。

 

劣勢なら、劣勢である現状を受け止め、何が最善の道筋かを、極めて冷静に判断し実践することが求められましょう。「信念頼み」なんてヘナチョコ過ぎます。いかに自殺目前のヒトラーが精神的にダメージを受け、肉体的にも衰弱し、妄想の世界に浸りきっていたかがわかります。

 

精神的に追い詰められた人間が、精神論をブチまける。

 

作品の監督が、「おれはどうなっても構わない。作品だけは完成させたい。」みたいなことを言うのは、美談ではなく、愚談です。監督の体調が崩れたら、作品づくりも総崩れですヨ。

 

 

 

Fortitude。

 

それは、我が身の内側にあるものです。

 

劣勢ならば、そこに必要なのは、非情なまでの状況分析と合理的な判断であって、最終ジャッジを下せるのは、作品作りのトップです。

 

トップこそ、頭が冷えてないとダメですよネ。

 

トップの誰かではなく、自分の身で考えると、頼りになるのは、自分のうちにある「不屈の技術力」です。決して、いまどきの絵柄とか作業様式ではないです。

 

原画を2枚描いて、シートに中3枚の点々を書き込む習慣なんて、技術のうちに入らないです。作業様式で食っていた人は、作業様式と共に去ります。作業様式に慢心して、「いつもの段取り」に腰掛けていた人は、その段取りが消失した時点で淘汰されます。

 

「作画工場」はあなたの一生の面倒をみてはくれません。今のアニメ産業に必要だから、工場が成り立っているだけです。産業のカタチが変われば、工場は成立しなくなります。作画工場の液タブで第1原画や第2原画を描いているだけでは、将来の保証などありません。自分で自分の能力をプロデュースしてこそ、絵描きは生き残っていけるのだと思いますヨ。どこにでも持ち出せるiPad Pro(とか別のでも)で、自分の様々な絵描きとしての可能性を広げていかないと。

 

絵を描いて動かせることが、何よりもの自分の財産だということを、ハッキリと自覚すれば、「原画工程と心中」せずとも、新しい工程でも腕を振るえます。アニメーターはアニメーターで「原画精神論」に傾倒しがちですが、「原画」「動画」じゃなくて、「絵を動かせること」そのものが代え難い財産だということを、冷静に認識しておくべきでしょう。

 

 

 

戦史にもたびたび出現する、精神論の危うさ。

 

精神論そのものが危ういのではなく、状況を無視してキモチだけで挽回できると思い込む「精神論の悪用」が、悲劇をさらなる悲劇へと追い込むのです。

 

あなたの現場には、衰弱しきって弱々しいわりには、突如激昂して精神論をブチまける「晩年のヒトラー」みたいな人はいませんか?

 

共に最後まで戦い抜くことは、合理性を放棄することではなく、むしろ、合理性を最大限に活かして、未来への活路を見出すことです。

 

死ぬために生きるのではなく、生きるために生きる。‥‥簡単なことなのにネ。

 

 



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