blog消滅

Yahooのblogサービスが消滅するそうな。メールでお知らせが来てました。私はYahooのブログは書いてないので、Yahooユーザ全員向けなのかな?

 

もう随分前に、ジオシティーズの消滅も味わっているから、特段に驚くことはないですが、blogに掲載された有益な情報も消滅することになるのは、考えてみれば「サービス終了」という認識では計り知れない「喪失」かも知れませんネ。「損失」とかいうと被害を被ったような恩着せがましいニュアンスなので、「損失」というよりは「喪失」でしょう。

 

結局、データは手元に置いておくのが一番良いんだよネ。手元には、20年前のWebディレクトリのデータも残っていますし、もっと遡って、PC-98時代のドット絵(JPEGに変換済み)も残ってますもん。

 

私は映像産業という、考えてみれば非常に脆いメディアの上で商売している人間なので、情報やデータに対して結構割り切りを持っているほうです。

 

壮大な話をすれば、文化がどうの‥‥なんて、人間の文明が継続している間の「一夜の夢」みたいなものだと思ってます。

 

そうしたことを踏まえた上で、「夢を楽しみましょう」ということなんでしょう。

 

夢のスパンは大きく違えど、もし「今の自分の夢」を長く見ていたいのなら、ネットのどこかのサーバに「夢の中身」を置くのではなく、少なくとも自分の手元に置いておくのが「普通に考えて」確実です。‥‥まあ、ちゃんと手入れしないと、デジタルデータの場合は「現物は存在しても、中身を失う」失う可能性もありますけどネ。

 

このブログも、いつ消えるのか、JUGEM次第ですよネ。毎月お金は払ってはいますが、だからと言って、永遠に続くものでもないでしょう。

 

 

技術論でいえば、過去の紙などのメディアと同じ感覚で、デジタルデータを扱ってはならないのです。紙は一部が破れても読めますが、ハードディスクはディスクにひびが入ったら全部読めないですもんネ。

 

しかし、全く同じ内容のコピーが可能なので、最低二箇所に保存することで、焼失などの被害を受けてもオリジナルと寸分違わぬデータは残存します。紙の場合は、焼失したり洪水で流されたら、オリジナルは消滅しますよネ。デジタルデータは、最低1つの複製をとって、二箇所に保存するのが鉄則です。

 

あと、「サービス」の脆さに対する耐性も考えるべきです。私はなんだかんだ言いつつ今までAppleのMacを使い続けているので、「サービス終了」にはそれなりに慣れました。Appleって、そのあたりの「切り捨てかた」はヒドいですからネ。

 

特に重要な物事については、今のサービスが終了したら、違うサービスに「転生」するくらいの「心構えと準備」は必要です。

 

Windowsは今でもWindows98のソフトは動くんでしたっけ? macOSでは漢字Talk時代のソフトウェアが動くなんてあり得ないどころか、現在の32bitアプリを次のOSで抹殺する予告までしてますもんネ。Appleはそういうことをしてきたがゆえに、今がある企業‥‥なので、まあ、しょうがないです。

 

 

以前のブログでも書きましたが、あえて今だからこそ、Webの「ホームページ」(俗称だが)を復活させようと考えています。

 

Webの公開フォルダの中に全てを集約できるので、管理とアーカイブが確実です。ブログでは、どこにどのデータが置いてあるのか、アウトサイダーでは判りません。Webの公開ディレクトリを全て把握した上で、レンタルWebサーバにデータを送るほうが、結局「一番確実」です。

 

Webサーバのサービスが終了した? Webサーバの値段が異様に値上げされた? ‥‥そんな時は自分自身で次のサーバを選んで、自分のタイミングとやりかたでお引越しできます。

 

ドメインを取得しておけば、URLが変わることも防げます。

 

それに、ブログのように新着記事優先ではなく、ツイッターのようにどんどん流れて消えていくわけでもなく、体系立てた「情報の城」が築城できるので(まあ、個人だと小さい城でしょうが)、時流に流されることなく、どんと大地の上に建ち続けます。

 

どうしても長く残しておきたいものは、Webに回帰すべき‥‥ですネ。

 

 

ではこのブログは未来どうなるのか。

 

‥‥まあ、JUGEMさん次第です。消える時は消えるし、万が一は消えても良いと思って書いてます。そもそも新着記事がどんどん最上位にエントリされる時点で、新聞の、しかもコラム欄みたいなもんだと思ってますしネ。‥‥新聞はさ、読んだら捨てちゃいますもんネ。

 

ブログはあくまでブログ。

 

もし残したいのなら、別の方法を考えなくちゃ。

 

ブログは日々の公開日記みたいなもの、新聞みたいなものと捉え、アーカイブしたい情報は、KDPなどの電子書籍や自分管理のWebなどに、ちゃんと手間をかけて作って残すのが良いと実感します。

 

 

 

やっぱりさ‥‥。何でも残せるわけじゃないのは、心のどこかでしっかり覚悟しておかないとさ‥‥。

 

最愛の猫を抱っこして見つめあった記憶、人と人との会話や時間の共有‥‥なんて、どうやったって、事細かく情報として残せるわけではないですもんネ。

 

しかし、作品作りの過程で練り込まれる「当人のかけがえのない記憶」は、それそのものの情報としてのディテールは失われますが、感情のマッスやフォルムとして他者に伝播するのです。

 

歌のない、器楽曲だけでも、なぜ、作曲者の感情が、国や時代を超えて伝わるのか。

 

もっといえば、歌詞があっても、実際にストーリーやセリフがあっても、奥底にある「言葉とは違う」情報が伝わるのはなぜか。

 

キャラ1枚絵でも、その時の描いた当人の感情が表れるからこそ、作品作りは面白いのです。

 

何もかも残せるわけじゃないからこそ、作品作りの虜になるのかも知れませんネ。

 

 


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