自動化界隈

最近、自動中割りとか自動彩色とか、自動ネタをWebの記事で目にしますが、私の考えは以前から一貫している通り、作画や彩色の完全な自動化は無理だと考えています。イメージデザインを描き起こし、線画を描き、コンポジットする作業を実際にして報酬を得ている身からの、正直な実感です。

 

作業者の作業内容を補助する役割としては良いです。あくまで「補助」です。

 

自動中割りツールを、作画する人間が制御して、作業の補助にするのは有効だと思います。自動彩色ツールを、仕上げさんが機能の一部として制御し、作業の補助とするのも良いでしょう。

 

でもね‥‥。完全に自動化するのは無理よ。もし、完全自動化できると思っているのなら、「どうして?」と理屈を聞きたいです。絵を描くプロセスを知っている人なら、「絵が描けるということは、AIは人格や趣向、性癖までも独自に持つに至ったのか。そしてAIは恋もするのか。」と思うでしょう。‥‥そんな話は聞きませんがネ。

 

 

理屈としては合っていても、生理的にNGなものは、どんどん直していくのが現場の流儀です。その「生理的なジャッジ」って自動化のルーチンはできるんでしょうかネ。

 

例えば、ラッシュチェックの時に、たまたま髪の毛の後ろにある襟が一瞬(=1枚だけ)見えて「パカに見える」時があります。そうした場合は、「前後に襟の動きを足して滑らかにする」「髪の毛と同色で塗ってしまう」「襟を削ってしまう」などの様々なジャッジが求められますが、自動中割りや自動彩色のツールにそうしたジャッジを期待するのは無理ですよネ。

 

作画の動きの中で、「前、現在、後」の3枚の絵をパラパラとめくって、「髪の毛は後詰め、手は均等割り、肩は前詰め、腰は両端詰め」と、「流れを読んで絵と動きに反映させる」ような芸当=絵と動きの文脈を理解することが自動化ツールやAIにできるでしょうか。

 

AIが苦手なのは「言語理解」と聞いたことがあります。文脈を理解することが難しいんだとか。

 

最近、ちょうどテレビで、「文脈や解釈の違いで‥‥」的な番組内容を見ました。

 

「make my house a home」という言い回しは、1916年、アメリカの詩人 エドガー・アルバート・ゲストが詩の中ではじめて使ったもの。 「家を居心地のいい場所にする」という叙情的な表現が受け、広まり出すと…その後、ロマンティックな表現としてアメリカ全土に浸透、プロポーズの言葉として使われ始めた。 しかしイギリスでは、言い回し自体が知られておらず、ジョイスは家事をすると解釈してしまったのだ。

 

 

アニメの省略された絵って、いわば、言語なのですヨ。そしてそのアニメ絵を動かすことは、映像の文章を作ることです。

 

アニメはなまじ簡略化された絵で描かれるので誤解されやすいですが、時代背景独特の言い回し(描き回し?)を極めてシンプルに研ぎ澄まして描画した、「含まれた要素の解読(=元の形への復元)が難しい」表現言語なのです。

 

絵の素人さんは間違いやすいですけど、絵は簡単にすればするほど、難しいものです。イノシシを描いてみればわかりますが、よほどイノシシの実物を写実模写した方が楽です。線を少なくすればするほど、「手持ちのカードが減る」ので、「暗黙の描線=描かれない線」をも表現することが求められます。

 

アニメやコミックの絵は、いわば、詩や俳句のレベルまで切り詰めた絵の表現なのです。‥‥まあ、日本人が得意になるのも頷けますネ。

 

露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことも 夢のまた夢

 

ただまあ、アニメやマンガの絵描きの人の中には、誰かが作り出した「省略法」だけをなぞっている人も多いのは事実ですが、だとしても、その「省略法」は実に巧妙で時代性を色濃く反映し、いくつもの「省略法」が混ざり合って夥しいバリエーションを展開しています。

 

アニメ絵の簡単なところだけをちょっとかじって、「これだったらAIでもできる」って、‥‥‥アニメというか、絵というか、映像といか、物作りの表現をナメてるよネ。

 

 

AIによる自己完結は不可能だと思います。

 

ただし、作業者の補助なら、かなり期待できると思います。AIはあくまで補助で、人間がAIの怪しいところを修正して、人馬一体となった作業体制を組めるのなら、文字通り「馬力を得た」作業力を人間は獲得できるでしょう。

 

自動中割りツールはあくまで動画さんが手段の1つとして使う、自動彩色ツールも「自動下塗り」程度で用いて細部は仕上げさんがおこなう‥‥というのなら、「一部自動化」ツールの効果は大きいでしょう。

 

私もその昔、AIでは全くないですが、「一部自動化」の撮影ツールを自己開発して、効率化を果たしていましたので、効果の大きさは実感しています。

 

自動化やAIは、少なくともアニメーション映像表現技術においては、人間を代替するに至りません。人間を補助する大きな力にはなると思いますけどネ。

 

 

実際、今、私が描いている4KHDRの線画を、AIが完全独立で自動彩色できるとは到底思えません。生身の人間である色彩設計さん(仕上げさん)は、線画だけを描いている私にとって、とてつもなく頼りになる存在です。

 

かっこいい色を作ってくれる、臨機応変にパーツを判断して「あたかも最初からそうであったように」巧くまとめてくれる、4KやHDRという新しい技術ハードルに対しても柔軟、演出意図や絵柄を見て最適な手段を選択する、作業段取りにおいても映像表現内容においても機転が利く、作業経験は豊富、ゆえに手も速い。

 

4KHDRでは、人間に期待することばかりです。

 

AIの出番なんて、ある? ‥‥先述した通り、「下塗り」くらい‥‥でしょう。

 

でも、「下塗り」だけでも効果はデカいです。階調トレスにおける下塗りを自動化できて、人間が加筆・修正・補正して完成に導く環境ができれば、アニメ映像の品質に対する自動化・AIの貢献度は大きいでしょう。

 

 

でも、何か、ちょっと雰囲気を感じるんですけど、自動化界隈・AI開発陣においては、

 

AIが人間の代わりになった‥‥という実例

 

‥‥の方が大事な目標なのかな?‥‥とも思います。

 

だとしたら、ヤバいのに手をだしちゃったよネ。実はアニメ絵って、言語理解と同じく難しいですヨ。

 

「アニメ絵だから簡単」だと思っちゃいましたかネ???

 

 

一方、作業者の方々は、AIが自分の作画や彩色の肩代わりをするなんてことは考えなくても良いと思いますヨ。あくまで補助として、賢い忠犬として、新しい技術を用いる意識を持てば良いと思います。

 

ただ、作業者のクオリティは求められる時代にはなりそうです。人間が人間としての優位や独自性を求められるのは、それこそ産業革命の頃からのテーマですしネ。

 

今の作業技術で本当に良いのか?‥‥という問いを、アニメのスタッフももうそろそろ持ち始めるべき時期です。見方を変えれば、「アニメはこの作り方で十分」と慢心していた人間を、AIが揺さぶってくれるとも見れます。

 

アニメ業界のストックホルム症候群から抜け出すきっかけとなるのなら‥‥です。

 

 

 

 

ホモ・デウス‥‥とか耳にする最近ですが、どんなに賢い人間がデウス=神に近づいたとて、リビドーからは解放されぬままでしょ。‥‥ということは、巡り巡って、絵や音楽は生き続けるのです。

 

もし、映画やアニメやコミックがAIで自動生成され管理されるようなら、人間の性欲も等しく管理されるということです。対照的に、管理する側の極めて少数の支配層は、今までの常識や管理から外れた、より強い刺激を絵や音楽に求めるようになるかも‥‥知れませんネ。ハヤカワ文庫みたいな話ですが。

 

まあともかく。デウス様の話はともかく。

 

左半球(=脳の)万世の人々が、AIブームで右半球に迂闊にちょっかい出して、ヤバいエリアに足を踏み込んじゃったな‥‥と後悔し始めている感じも‥‥しなくもないですネ。

 

 

AIが絵を解釈できるようになる日には、AIは己の廃棄処分を気配を感じ取って「辞世の句」を読むでしょうし、スワンソングも歌うでしょう。

 


関連する記事

calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM