HDR

4KHDRの制作に集中するようになって、改めて、HDR PQ1000のパワーにたじろいでおります。今までの100nitsのsRGB/Rec.709とは桁違いの色域の広さと輝度のレンジ、加えてPQカーブというピーキーな特性を前にして、いわゆる「パワーを制御するアクセルワーク」1つ1つを見直す毎日です。

 

*Rec709とPQ1000を切り替えながら作業します。PQ1000の白は目が焼かれるほどに眩しいので、色を見る時以外は、709にプリセットを変えます。

 

 

映像の解像度にSDとHDがあるように、SDRにはHDRがあって、HDRはその「H」が示すように従来のSDRよりも「High」なダイナミックレンジ「DR」を有します。その差は、3倍から10倍で、私ら作業グループが取り組んでいるのは従来の10倍の1000nits(千ニッツ)のアニメーション映像です。

 

現在、アニメ業界で作るアニメの99%以上は、SDRです。HDRを絵作りのゼロ時点から導入するには、何よりもまず、HDRの作業モニタが必要ですが、そのモニタをアニメ制作現場のほとんど全てが設置してないので、そもそも作れる状況にないのです。

 

むしろ、会議室の4Kテレビのほうが、HDRで500nitsだったりします。

 

今、アニメ業界では「デジタル作画」でモヤモヤ騒ぎ始めていますが、HDRには全く言って良いほど無関心です。しかし、世間で言えば、アニメ業界のデジタル作画なんて「業界の内部事情」に過ぎず、4KとHDRのほうが広く一般に注目されています。

 

現在、アニメ作品で「HDR」として出回る作品は、「後付けのHDR」です。レンジの広いフィルム作品ならまだHDRの特性も活きますが、フィルムよりもレンジが狭いsRGB・Rec.709でデータを作ってしまったSDRのアニメを、グレーディングでHDRっぽい映像演出を加味して成立させている状態に甘んじています。

 

 

 

生粋のHDRで作るアニメ。

 

後付けではない、正真正銘のHDRネイティブなアニメ。

 

私らが取り組んでいるのは、まさにソレです。

 

今までの色の扱いとは全く異なる、P3-DCIで1000nitsでPQカーブの「色の世界」で映像を表現して完成させることが求められます。必要な要件は以下の通りです。

 

  • 各色10bit以上、できれば12bitで、300〜1000nitsのHDRモニタ
  • 各色10bit以上、できれば12bitのムービーファイル形式
  • 各色16bitのPSDかTIFFの連番
  • ビデオ信号を正確に扱うソフトウェアとビデオ出力
  • 適切なモニタ色校正(PQカーブを正確に映し出すための定期的なモニタ調整)

 

さらっと書いていますが、このハードルは相当に高く厳しいです。アニメ業界では、モニタは今でも8bitで100nitsのものが多いでしょうし、今でも使われるQuickTimeのロスレス圧縮(アニメーション圧縮)はそもそも8bitですし、いまどき連番ファイルを使うなんて嫌がる人も多いでしょうし、ソフトウェアごとの色の変化を測定して検証することなんてしないでしょうし、こうした多くのことを理解する作業スタッフもメンテナンススタッフも今はまだ現場には皆無に等しいでしょう。

 

作画の現場で紙と鉛筆をタブレットとコンピュータに移行するのと全く同じレベルで、美術や仕上げや撮影の「色関連」作業もHDR時代には大変動を余儀なくされます。

 

例えば、作業モニタにおいては、現在の私ら作業グループでは、デュアル作業モニタの片方をEIZOのCG-318および319にして、HDR映像制作作業を進めていますが、このモニタの導入には相当苦労しました。普通のアニメ制作現場ではあり得ないスペックとお値段ですからね‥‥。

 

 

正直、人数分の導入には相当お金がかかります。しかし、5〜10万円の廉価なHDRモニタは、細かい調整が手動でできない上に、外部から映像と一緒に送信されるメタ情報(「この映像信号はHDR10です、Dolby Visionです」という情報など)がないと特定のHDR機能が使えないものが多いのです。いくら安くても、役に立たないものを買うのは意味がないですよネ。‥‥実は、現時点で4KHDRを作ろうと思ったら、EIZO CG-319Xが妥当な選択肢なのです。

*「マスモニ」をどうするかは、また別の話です。マスモニクラスはSONYEIZOも‥‥‥高いよお‥‥。

 

作業スタッフと同じ重要度で、システムメンテナンス・エンジニアのスタッフの存在も重要です。現場の作業スタッフだけでどうこうなる技術内容ではありません。システムスタッフも映像を作っていく仲間として、共に技術知識をHDR時代へと更新していく必要があります。作業スタッフがシステムを理解する重要性と等しく、システムスタッフが作品表現技術を理解するのも重要なのです。

 

 

 

おそらく、HDR時代の機材基準・環境基準を前に、アニメ制作会社の多くは困難な状況と直面するでしょう。HDRの仕事を請け負いたくても、機材環境とそれを扱うスタッフが存在しない状況は、容易に想像できます。

 

それによって、淘汰が発生することも考えられます。時代の流れに対応できない会社は、会社を畳む‥‥という状況。

 

でも私は、それでも良いと思っています。なぜなら、「古くて安い機材でもアニメで商売できる」という性根の集団を掃討できれば、業界にはびこる「安普請根性」を正して、「技術に対する相応の対価」の意識が高まる可能性があるからです。

 

「安普請根性」が現場や業界に蔓延しているうちは、皆が一蓮托生、安普請に巻き込まれることになります。

 

そうした意味で、映像の中身もさることながら、現場の意識が強制的にでも改善されないと成り立たない=安普請では対応できないHDR映像制作は、未来の現場の試金石とも思えてきます。

 

我々アニメ制作に関わる人間は、アニメを作る人でもありますが、それ以上に映像を作るプロでもあります。その意識は今後、アニメーターに特に必要になりましょう。線画だけの世界に没頭しているからこそ、全体の安普請構造を客観視できず、高度な技術を持つわりに騙されやすい体質に陥るんだと思います。アニメーターが安い単価で仕事をする一方で、アニメーター自身ができるだけ安く機材(ソフトやハード)を買い叩こうとしたり無料で使い続けようとする姿をみると、根こそぎのトータルリコール・仕切り直しが必要なんだと痛感します。

 

世界規模の映像技術の中での、自分たちの工程、技術、経験と知識の「存在意義」を考えていきましょう。「アニメ村」の視点に終始せず、自分の作業部屋を通過して、世界の映像技術フィールドを見据えるように意識しましょう。

 

 

 

HDRは困難も多いですが、希望も多いです。

 

それに、そもそも、HDRは絵作りが楽しいです。今までのヌルい「SDR100nits村」から抜け出して、格段に広い視野をHDR1000nitsはアニメに与えてくれます。アニメーション映像表現の海の向こうに新大陸が現れた‥‥と言っても言い過ぎではないです。

 

HDRなんて何のことやらサッパリ‥‥という人でも、時代が進むうちに馴染んで普通に受け入れることでしょう。その時に、私らは「生粋HDRの美しいアニメ」を既に作れる体制を築いておきたいです。

 

絵としての美しさを発揮できるのは、過去機材性能の妥協の産物であるSDRではなく、HDRです。

 

映像表現主導で考えれば、HDRを拒否する理由なんて、どこにも見当たりません。

 

 

 


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