民と自分

圧政に苦しむ民を束ねる新しきリーダー。民と共に勝利した後、リーダーは次第に民に疎まれるようになり、ついに民によって殺される。

 

まあ、ありがちな話です。民の性質を、歴史から学べば、特に珍しいことでもないです。

 

ワーグナーのオペラ「リエンツィ」も、そんな感じのストーリー‥‥でしたね。

 

アニメ業界は業界自体がブラックだとは言われます。そんな中、担ぎ上げられて、改善目標を達成した後には、むしろ民には鬱陶しい存在となって、身内であった民から背後から刺される‥‥なんてこともあり得ます。まあ、祭り上げられる当人も、おだてられて調子に乗っていい気にならないこと、ですよネ。

 

 

現在の状況は、年長の人間が作り出した‥‥なんていう人もいますけど、「別に、あなたの代から変えても良いんですよ。先輩たちのせいにして、自分は何もしないのでは、結局同じ穴のムジナ」なのです。民の思考というものは、実はこうしたロジックの延々とした繰り返しです。

 

「業界」なんて大風呂敷を広げて、もろとも全部解決しようなんて思うから、いつまでも達成できないんですヨ。漠然とし過ぎているもん。

 

 

「自分の力は小さい。何も変えられない。だから、先人が悪いんだ。こういう状況を作ったから。」

 

本当にそうですかね? 私はほんの数人で4Kをはじめとした新しい技術の取り組みを開始しましたが、徐々に状況を変えつつありますよ。当初は自費も自費、前例なんて何もなく、話せば「夢想家」扱いされて「できるわけない」と一笑されても、結局、今に繋がってます。4Kに限らず、結構色々なものが、最初は何の裏付けも後ろ盾もなく開始して、総合的に現在へと集束しています。

 

私はアニメ業界の「共依存の性質」は好きではありません。自分たちの小グループ規模でも少しずつ変えていけば良いのに、既存のシステムや習慣に依存するばかりで、何か新しい基軸を試すことなど「自分の仕事じゃないから」と全くしようとしない。‥‥たまに大勢で集まれば、集団同調性バイアス集団思考の相互確認に終始するだけ。

 

 

他人なんて変えられません。他の集団なんて舵取りできません。他人の船を遠隔操作なんてできません。

 

変えられるのは自分自身、そして自分たちの集団だけです。自分たちの船ならば、舵取りも行き先も航路も主導で選択できます。

 

なのに、いつまで、「誰かが変えてくれる」のを待つのでしょうかネ。自分と自分らの集団を、自分たち自身で変えた方がてっとり早いでしょ。

 

 

私も民のひとりです。

 

しかし、私は、私らの代で徐々に作り方を変えていきます。小さなグループからのスタートで十分です。

 

あなたはどうですか。

 

どうせ無理だと思いますか。

 

受精卵という、あまりにも小さな存在からスタートした自分なのに、自分の小さなチカラを信じられませんか?

 

現代のテクノロジーを、自分の母体だと思えば、これほど力強いものはない‥‥と思いますヨ。

 

 

 


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