良し。悪し。

新しい何かと遭遇した時、今までとは違う「良い面」もしくは「悪い面」が目立って感じられます。旧来と同一の部分よりも、差がある部分のほうが目立つのは、まあ、あたりまえの事ではあります。第1印象も重要ですが、しばらく時間が経過して、それでも良いのか悪いのかが「物事のキモ」です。

 

アニメ業界でタブレットによる作画を導入しようと盛り上がった数年前に、「こんなに利点がある」的な美辞ばかりが目立ったのは、まだ初期段階の意識しかないことを物語っていました。タブレット作画は利点も多いですが、難点も同じくらいあって‥‥

 

  • 従来の紙での作画作業には存在しなかったソフトウェアの導入&更新の費用
  • 作画机と違ってコンピュータやタブレットは機材の定期的な入れ替えが必須
  • ネットワークやサーバを正常に機能させるための維持費と人件費

 

‥‥などのコンピュータ導入の一番「イタい」ところはほとんど何も触れられていませんでした。パソコンを買って「何でもできる」と有頂天になっている初心者のごとく‥‥とでも言いましょうか、コンピュータの「都合の良い点」が持ち上げられ、「都合の悪い」部分はゴニョゴニョ‥‥となっていたのは、アニメ業界の前途多難な未来を予感していました。

 

もしかしたら、人々はこう考えているかも知れません。

 

新しい技術や環境を導入すれば、今までの苦しかった状況を改善できる

 

‥‥と。

 

つまり、「悪い部分にだけ、サヨナラできる」と考えがちです。

 

たしかに、導入効果は表れるでしょう。今までの問題点は解決できるかも知れません。しかし、

 

新しい技術や環境を導入すると、今までとは違った問題点を抱えることになる

 

‥‥のです。上述の通り、ペーパーレスで得た利点と引き換えに、機材の導入と維持のコストで支払うのです。

 

 

 

現代の世の中、色々と便利になったけど、その便利さのために、結構大きなお金を支払っていますよネ。

 

ピッキング防止のゴツい鍵とドアホン(カメラ)付きで風呂付きのアパートに一人暮らしして、自宅にはパソコンとネットがあってスマホをいつでもイジって‥‥という状況は、とても1980年代には標準とは言えませんでしたが、その代わりに自分所有のバイクや車でふと遠乗りして深夜にファミレスで飯食って‥‥みたいなことはできました。

 

お金をいっぱい持ってたわけではなく、そもそも生活のベースに関わるコストが安かったのです。

 

私が一人暮らしを始めたのは18歳の頃ですが、家賃は32000円、電話はプッシュ回線でしたのでちょっと高くて1980円+通話料で4000円くらい、電気代は4〜5千円、ガスは2千円、水道代は家賃込み(共益費扱い)、もちろん、ネットやスマホの使用料金はゼロ=存在しなかったので、ライフラインと生活ベースのお金は45000円に満たず、原画70カットでもやれば(その頃はテレビシリーズ1カット2200〜2500円)、アニメーターでも普通に自立して生活できました。

 

スマホやパソコンはわかりやすい差ですが、実はそうした現代テクノロジーの電気製品を家の中に導入することは、熱源を部屋に置くことになります。パソコンやハードディスク、ブルーレイのレコーダー、そして自分の家だけでは収まらない社会全体のコンピュータの導入によって、生活地域全体の排熱を冷却するために、エアコンが常時稼働して、そのエアコンの室外機がさらに熱を出して‥‥と、個人レベルでも社会レベルでも、現代は「冪算」的にお金がかかるようになっています。

 

そんな時に、「スマホは手放したくないけど、社会の排熱は何とかならないか」と考えるのは、都合良すぎです。スマホで電話やネットやゲームができるのは、そこら中でサーバやネットワーク機器がうんうん熱を出しながら動作しているお陰‥‥ですから。

 

そもそも、皆がパソコンやスマホを使って、現代のネット社会を「買い支えている」とも言えますネ。お金を奉仕するから、スマホ商売も成り立って、スマホを使える社会たり得るのでしょう。そして、その便利な社会の排出する「熱処理」にもお金を払い続けます。

 

 

 

便利になった分、必ず何かを犠牲にしています。

 

VR/ARも楽しいですけど、香りも温度も湿度もない、光も影も風もない、重さも感触もない、現実の要素をすべてあきらめた虚空に漂う楽しさですよネ。

 

一方、ヨーロッパを空中散歩‥‥なんて、現実世界ではよほどのお金持ちでもなければ無理です。VRならば練馬のアパートでも疑似体験ができましょう。

 

テクノロジーが進化しても「豊かさ」は解決してくれません。何か一方の豊かさを手に入れれば、もう一方の豊かさを失う‥‥のイタチごっこ、シーソーゲームです。

 

‥‥で、話をアニメ制作に戻して。

 

タブレット作画で色々と便利なるのは事実です。私は以前、横8フレームくらいの大判を扱ったことがありますが、幸いコンピュータの中でレイアウトしたので、現実世界で2メートルの紙を扱わずにすみました。まあ、それは極端な例だとしても、実際に紙がないことで、色々な改善が可能です。

 

しかし、その利点と引き換えに、極めて重い代償も背負うことになります。実際、アニメ業界には先例があって、時流にのって各社がアニメの撮影をフィルムカメラからコンピュータへと入れ替えたものの、定期的な機材更新の重荷に耐えられず、今でも旧世代のコンピュータとAdobeCS5〜CS6のままで止まっている事例はそこかしこにあります。

 

アニメの撮影の機材が古いまま停滞している状況は、未来の「デジタル作画」でも再演するでしょう。‥‥「利点だけに目を奪われる」のならば‥‥です。

 

 

 

もし、ペーパーレス・タブレット作画を推進しようとするならば、利点だけでなく、運用のコストの負荷も正直に、そして同時に、プレゼンすべきです。趣味で絵を描いている人々が対象ではなく、プロ相手なのですからなおさらです。

 

そのためには、現在の1.5〜2Kの作画サイズではなく、すぐ先の4Kは最低でも視野に捉えたロードマップが必須です。「今、お話ししているのは、2Kまで通用する話で、4Kはゴニョゴニョ‥‥‥」では正直情けないです。

 

タブレット作画の内容面だけでなく、4K時代も見据えた運用コストのロードマップを併せて提示することが問われます。

 

「こんなことができる。あんなこともできる。」とワクワクさせて、実際に使ってみたら、重い金銭的負荷を強いられることが判明した‥‥では、その落差は凄まじく、なまじ隠してウソをつくよりも、「正直に言っておいた方がマシ」です。「最初から、金がかかることを隠さず説いた上で、どのような勝機があるのか」を語った方が良いです。

 

ローリスク・ハイリターンなんてウソをつくのは止めとこうよ。

 

アニメ制作現場の「身内」に対して、「売ってしまえばOK。あとの始末は知らね。」なんて思うのでなければ‥‥です。

 

 


関連する記事

calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
282930    
<< April 2019 >>

selected entries

categories

archives

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM