計画周期

「デジタル化の罪」にはまいりました。まさか、これだけコンピュータの世話になっておきながら‥‥。

 

「デジタル」が嫌いなら、フィルムに戻れば良いと思いますよ。ホントに。

 

そんなにコンピュータに罪をなすりつけたいのなら、コンピュータなどに頼らず、同志を募って、フィルムカメラ撮影&現像時代、セル&絵具時代に戻れば良いと思います。

 

ぶっちゃけ、アニメ業界全体がフィルムを捨てるとは、2000年代前半まで私は思っていませんでした。コンピュータに移行する人と、フィルムを使い続ける人とで、2流派が存続すると思っていました。

 

‥‥だって、どう考えても、コンピュータに移行する気も覚悟も興味もない人は、結構大勢いましたもん。

 

 

でもまあ、それもいいか。今となっては、何もかも手遅れです。過去を悔やむより、新しい未来に目を向けましょう。

 

人を呪わば穴二つ‥‥とも言います。誰かを呪うことは、結局は自分の墓穴も掘っているに等しい‥‥ということです。何かを恨んだり呪ったりするのではなく、自分自身の過去の行動を振り返って、同じ状況を招かないように、今度の転換点では前回の教訓を最大に活かすことが肝要です。

 

 

ですから、「アニメは1.5K SDR 24pで十分だ」と思っている人は、それ以上進む必要はないのです。1.5〜2.5K SDR 24pで打ち止めにして、未来の映像フォーマットはアップコン技術に任せれば良いでしょう。今までの作り方で十分だという人は、今までの作り方のまま、ずっと未来も作り続ければ良いですし、それを実現してくれるスタッフを大事に守っていくべきです。

 

4K8Kの時代に、今までとは違う、新しい表現技術の新しいアニメの世界を切り開きたい人は、ちゃんと覚悟して新しい世界へと進みましょう。後になって「4K8Kの罪」などと言い出すことのないよう、自分自身の追い求めるビジョンをしっかりと見定めて。

 

 

 

自分のビジョンを持たずに、周囲に流されて生きるのも、これまた生き方の1つでしょう。しかし、何か成し遂げてみたいもの、子供の頃からの夢を実現したければ、周囲と歩みを合わせるだけでなく、自分なりの「計画」が何らか必要にもなりましょう。

 

私の場合は6年周期でものごとを計ることが多く、結構ジャストなタイミングで、自分の転機が6年で回っています。例えば、1996年に初めて正式な報酬でコンピュータを扱ってアニメの作業をしましたが、その前後を6年ごとに遡っても、何やら区切りがハッキリしています。

 

もちろん、1年程度の揺らぎはあります。6年ごとにかっちり運命が回っていたら、なんか、出来過ぎですもんネ。

 

他人に聞いたことがないので、私だけかも知れませんが、6年の周期は私にとっては結構具体的な周期なのです。ちょっと列挙してみます。

 

 

1972年〜:マジンガーZ、ど根性ガエル放送開始

特にど根性ガエルは大好きで、「びっくりコン虫採集」や「かんかんあきカン」はその後に観直して大いに驚いきました。さらに今観ると小林七郎さんの美術もとてつもなく凄くて(ギャートルズの美術も凄いですよネ)、まさにテレビアニメの黄金期でした。翌年73年はヤマトとハイジが同じ時間帯に放送されるなど、小学校就学当時の幼児だった私が夢中にならないわけがないです。キューティーハニーも73年です。おそらく、アニメと私を結びつけた「始まりの始まり」です。

 

1978年〜:劇場のアニメ映画の再来〜さらば宇宙戦艦ヤマト

東映が丁寧に劇場アニメを作っていた1960年代から時が過ぎ、テレビアニメから派生した作品が新しいスタイルの劇場アニメとして、少年少女の心を掴んだのが「アニメ映画・宇宙戦艦ヤマト」です。私も多分にもれず、「メカデザイナーになりたい」と小学校の寄せ書きに書くほど、アニメに夢中になりました。翌79年はガンダムと999(劇場)です。凄い年ですネ。私は小学生ながら、アニメーターになるのを自分の目標と定めた年(歳)とも言えます。

 

1984年〜:Apple MacintohのCM「1984」、Van Halenの「1984」

当時はAppleの「1984」よりもヴァン・ヘイレンの「1984」しか目に入らなかったのですが、どちらも私には重要な要素と言えます。私はアニメだけに熱中して少年時代を過ごしたわけではなく、「洋楽」のロックやフュージョンにも夢中になりました。いわゆる「ギター少年」だったのです。ハイテクな楽曲をギターで弾く‥‥という「技術」のありようをまさに体現していたのがエドワード・ヴァン・ヘイレンでした。随分とコピー(既存の楽曲のギターパートを演奏するのをコピーと呼びます)したものです。Appleに関してはまだまだ先の「縁」ですが、「1984」のCMは有名ですよネ。ちなみに、私が高校に行きながら、本番動画を描き始めたのもこの頃です。

 

1990年〜:アニメーター時代〜どん底の生活

フリーランスながら制作会社で席を借りて(詰める‥‥と言います)、色々な巧い人たちの色々な仕事に触れ、自分のレベルアップも果たそうと躍起になった挙句、どんどん上がりの数が落ちて稼げなくなり、ライフラインが全て止まるようなどん底の生活に陥ったのが、このあたりです。思えば、この時期の体験がなかったら、ヘナちょこなまま歳を喰っていたと思います。サバイバル能力が(皮肉なことですが)相当養われた期間です。同時に、「自分は何をして生きていきたいか」を真正面から丸裸で見つめることができた頃でもあります。

 

1996年〜:Macintoshで仕事を始める

イメージボードと連番エフェクト(Photoshopで1コマずつエフェクトを描く〜今だったらAfter Effectsでやるようなこと)を作業するためにMacintosh Quadra650で「正式に報酬のある、コンピュータのアニメの仕事」をしました。翌97年にはAfter Effectsの使用も開始して、現在の基礎が出来上がった時期です。「Blood the Last Vampire」と「イノセンス」の作業は、広範なコンピュータと映像の知識を与えてくれました。日本でDVDが発売開始されたのも96年で、まさに「映像のデジタルデータ」産業が本格的に開始された年でもあります。(Video CDは画質に難あり、Laser Discはそもそも映像はアナログ方式でした)

 

2002年〜:業界のコンピュータ導入の開始

今まで日和見していた多くの制作会社が、仕上げと撮影部門をコンピュータへと転換開始したのが、2002年以降くらいからです。それまで丁寧に作っていた作画とコンピュータによるアニメ制作が、急激にグレー、そしてブラックへと染まっていった時期とも言え、わたし的には「痛恨」としか言えない期間です。私は、プログラムによるツールの開発をおこない、徐々に進行する価格破壊に対して、クオリティと自動処理で対抗しようとしていた期間でもあります。

 

2008年〜:表現や質よりも、量と速度、そして価格破壊

生産スピードに優れた二値化トレスの席巻により、ニュアンスの繊細な階調トレスが風前の灯火となり、「コンテ撮・原動撮・タイミング撮・リテーク撮(素材の作り直しや修正によって)の撮影フルコースの制作スタイル」が現場を支配していきました。少数で高品質な映像を作っていた制作集団は物量に対抗できず行き場所を失い、コンピュータ導入初期の丁寧に映像を作っていた現場はほぼ消滅、大量に物量を捌く「工場型現場」に転属するか、別の活路を見出すことになりました。世間的にはHD解像度のブルーレイが普及し始め、競合していたHD-DVDが撤退した頃です。

 

2014年〜:止められない濫作、映像産業全般への活路

アニメが安く速く作られるようなった時代は、言わば、「シリーズ放映終了後、3日経ったら忘れるようなアニメ」を大量に作るような時代とも言えるでしょう。しかしこの傾向に抗うことは、アニメ業界のチェーンリングに組み込まれている以上、不可能です。ゆえに反発的なスタンスを採った私は2008〜2014年の間、アニメの仕事は希薄となり、一方で3DCGや実写などの畑違いの映像ジャンルの仕事をするようになりました。「捨てる神あれば拾う神あり」とでも言いましょうか、実写の方々との仕事で、アニメでは決して体験できない色々な技法や段取りを覚えることができました。4Kでアニメを作る研究を開始したのもこの年で、「2014」の末尾「4」にゴロを合わせて、プロジェクトを「2014K」と名付けていました。

 

そして2020年〜:4K HDR 60pの実用化の時代

アニメや映画の場合、簡単には60pには移行できないでしょう。動きのルック・フィーリングがあまりにも違うからです。しかし、4KやHDRは、拒絶する理由はないです。なにせ、旧来のフィルム作品であっても、今までのSDR〜sRGBやRec.709では再現できるものではなく、ようやく4Kの解像度とHDRで再現できるレベルに到達できたからです。実は、今までのDVDやブルーレイ(ネットの映像も)の色彩は「レベルダウンした状態」に甘んじていたわけです。‥‥さて、アニメはこうした新世代の技術を前に、どのように未来を生きていくのか‥‥、私は2020〜2026年の次期6年間の目標を、まずは4KHDR、そして60pを技術の定番として確立していく所存です。

 

2026年:新技法・新技術の標準化と作品表現バリエーションの拡充

 

2032年:鬼に笑われそうなので、この辺で(実は考えてはいますけど‥‥)

 

 

まあ、本人の人生は、本人のものです。誰が口をはさむものでもなし。6年ごとの周期で捉えるのも、無段階でシームレスに捉えるのもアリでしょう。必ず、人生を周期で区切る必要もないです。自分の一生を1つの周期と考える人もおりましょう。

 

ただ、私は、たとえ生まれ変わりがあったとしても、次も、その次も、アニメを作りたいです。そのくらい、アニメにはまだのびしろがあるし、やり足らないし、作り足りません。

 

‥‥とは言うものの、生まれ変わりなんて全く信じてないので、つまりは「生きている期間に、できるだけ精一杯のことをする」だけです。なので、漠然と人生を1周期で捉えるのではなく、「フェイズ」として捉え、CCPM的に自分の一生を活かしていきたいです。

 

ただポカンと生きているだけじゃどうにもならないけど、さんまさんの言う通り、生きているだけで丸儲けとも思えるのです。死んだら、何もできないですもんネ。

 

 


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