紙の保管コスト

アニメーターの描いた作画成果物に何らかの二次的価値を創出してアニメーターに還元する‥‥という話を最近ツイッターで目にします。特に紙に描かれた原画・動画は「世界で1つだけのオリジナル」なので、その価値をお金に変えれば、単価の低い作画料金に苦しむ作業者に、付加する形で還元できるのではないか‥‥という意見です。

 

その議論の内容自体は、まさに紙を扱う当人で議論すれば良いです。私は作画も含めて、ワークフローに関するすべての要素をコンピュータのデータに移行しているので、その議論の本筋には加わることはしませんし、できません。

 

ただ、本筋ではなく、周辺の事情で言えば、紙の問題は私にとっても悩ましいです。

 

「紙の置き場」です。

 

紙は場所をとります。紙は、特にアニメ制作の場合、それそのもの=マテリアルとしては安いかも知れませんが、置き場が高いです。保管しておく場所の「場所代」が高いので、実はデジタルデータよりも保管のコストは非常に高いです。

 

紙に原画を描いている人々は、描いた後の保管の事情など、ほとんど気にしないでしょう。しかし、二次利用するなり、販売するなりの展開をするには、まず、適切な状況管理と保管のコンディションを毎日途切れず維持しなければなりません。

 

カビが生えた、破れた、どこに置いたかわからない‥‥なんていう管理や保管状態では二次利用など到底無理ですからネ。

 

どこか場所の離れた、地価の安い地方に倉庫を建てて、そこに置いておけば‥‥とか、考えの浅いことを言い出す人もいるでしょう。その倉庫の温度管理・空調管理のコストは? セキュリティは? まさか南京錠1つでドアに鍵をするだけではすまないでしょうから、セキュリティがある程度しっかりしつつ、常駐の管理人は必要になるでしょう。

 

手元にあるからすぐに確認できますが、自動車で片道2時間の場所に保管したら、紙そのものをすぐに確認することはできず、スキャンしてデータ上でインデックス管理することになります。当然、そうした管理コストは相当な人件費を費やし、1ヶ月あたりの維持費もスゴいことになります。

 

都合、有効な保管場所は確保できず、アニメ制作会社には、所構わずそこら中に、紙を突っ伏し込んだダンボールが置かれることになります。外来のお客さんが訪れるところ=エントランスや会議室周辺の廊下にも、ダンボールが山積みになる光景=フロントヤードにバックヤードが溢れ出す光景は、ホントに「アニメ会社のだらしない情景」と思います。

 

 

あのさあ‥‥。ポスプロのラボや試写室で、エントランスやロビーや廊下に、無造作にダンボールが積まれているのって、見ないじゃん?

 

なぜかというと、クライアントに舞台裏のゴタゴタを見せたくないからです。商談を円滑に進めるために、相手に裏事情を気取られて不安要素を感じとってほしくないからです。

 

個人単位だってさあ‥‥、誰か大事なお客さんが来て、大事な話をする時に、家の中を散らかし放題にしておく? ‥‥しないでしょ??

 

しかし、紙が後から後から増えて溢れ出せば、都合、廊下まで保管場所になって、ダンボールを置きっぱなしにしても、やがてその光景に慣れて麻痺します。

 

紙を使い続けるのなら、紙を保管するか、破棄するか、ちゃんと「紙の一生」までケアする必要があります。そしてそのケアは、テレビ1シリーズにつき、何万何十万にも及ぶ「膨大な物量に対するケア」が必要だということも忘れてはなりません。

 

描いたら終わり‥‥じゃないのです。

 

アニメーターの中には、描いて終わりではなく、もしかしたら、描いた原画動画が副次収入にもなるかも‥‥的な見通しの甘い考えをする人もいるでしょうが、その紙の保管の労力と費用まで含めて「収益」が見えていますか? 紙を整然と保管して適切に状態管理するのは、ものすごいコストがかかりますよ。

 

 

こうした状況の中、例えば、私の作業スペースの前にどこかの作品のダンボールが積まれるたびに、「XX日ごろにクライアントの方々が来訪されますので、ダンボールの場所を移動してください。」的なメールを、何度も何度も繰り返し社内関係者宛にメール連絡して、「いちいち、うるせーな」的に思われてもやむなし‥‥とアクションせねばなりません。

 

バックヤードは構いませんが、フロントヤードにまでダンボールが溢れ出すのは、アニメ会社の昔からの「問題解決できない象徴」のように思います。宅配業者ではないのですから、そこら中にダンボールが置いてあるのって、異様な光景だと思うんですヨ。ラボやポスプロに行った時に、「外からのお客さんを迎える場所がどうなっているか」よく見学して、自分らにも取り入れるべきです。

 

作画の問題を語る時、例えば紙の作画ならば、紙を「自分が関わっている瞬間だけの視野」ではなく、紙のライフサイクルのコストまで思いを馳せて、議論すべきと思います。

 

 

じゃあ、デジタルデータはどうか。

 

データは作業集団によって扱うデータの差が著しいですし、データ管理や保全の意識や実践も紙以上にバラバラです。

 

紙は30年放置しても閲覧できます。私が18歳の頃に作業したロボットアニメの設定は黄ばみこそすれ今でも見れます。一方、デジタルデータは再生システムを喪失すればいともあっけなく読めなくなります。

 

*まあ、私は今でも、MDもDATも再生できますけどネ。画像に関しては、さすがにPC98時代の絵は私の環境では再生できず(=マルチペイントのデータとか)、MacのPICTはかろうじてまだ表示できます。USB接続のフロッピーもMOもドライブは確保してあります。

 

20年前のデータはちゃんと開ける? ファイルフォーマットの変遷にどのように追随している? ハードディスクは正常に回転してデータを読み出せる?

 

ずさんな管理だと、デジタルデータは格段に紙のデータより危うくなります。データをハードディスクに保存すれば何もかも安全ではなく、むしろ未来に全くデータにアクセスできなくなる危険性が高いです。

 

私は10年前くらいに、そうした危機感を強くしたこともあり、完璧とは言えませんが、相応にデータ保全の基準を設けています。同じデータでも複製をとって複数の場所で保管する、読み書きの環境自体をモスボールする、安い銘柄の記録装置に飛びつかず定評のある製品を購入する、室温や湿度の安定した場所に保管する、地震などの災害でダメージを受けにくい保管場所を選ぶ‥‥などです。

 

上記の基準を紙に置き換えると、とんでもないコストがかかりますが、デジタルデータなら比較的安価に実践できます。安くできるとは言わないですが、バカ高くもなりません。

 

よく巷で言われる「データ危機」は、データを外付けハードディスクに移動したらそれで終わり‥‥のような人間の、マッチポンプのような行為です。本当にデータが大切だと思うのなら、データを外部記憶装置に追い出した後もケアする必要があります。

 

 

 

まあ、何らかのデータ、それが紙であっても、デジタルデータであっても、ちゃんと保管して維持するには、相当な労力が必要なのです。

 

紙は安く管理できると思っているのなら、それはあまりにも浅はかです。紙を棚に置き続けるだけでも、お金を確実に消費しているのです。

 

 


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