作業力としてのコンピュータ

コンピュータに作画作業の一部を負担させる‥‥という取り組みは、私は1997〜8年から開始して、実際に実用として私が使用したのは2000年公開のBlood The Last Vampireだったように記憶しています。

 

現在、業界で注目され始めている「自動中割り」=作画労働力としてコンピュータを扱う目的ではなく、「動かせないものを動かす」「今までは不可能だった映像表現を実現する」という目的でした。Bloodでは主人公の小夜がよじ登るBOOK描きの金網(=普通だったら止め絵で動かせないもの)を、たしかメッシュワープで動かした記憶があります。あの当時にも、かろうじてAfter Effectsにもアニメーションに活用できるツールはあったんですよネ。

 

いつも思うんですが、新しい技術を実現しようと取り組む「思惑」には2種類あって、

 

  • 表現の拡大のため
  • コストの縮小のため

 

‥‥があります。

 

私は今でも、「映像表現の拡大」を主軸にしています。動かせないと思っていたものを動かす。無理だと思っていたイメージを実現する。‥‥そのために、コンピュータの能力を作業計画に組み込みます。

 

とはいえ、「映像表現の拡大」取り組みの副産物として、「普通だったら、4人がかりで2週間かかる内容を、1人で3日で終わっちゃった」みたいな「強烈なコスト抑制効果」を「たまたま」得たのは事実で、「セレンディピティ」的な感じです。

 

現在は、その「高効率生産能力」も考慮していますが、やはり本筋は「映像の表現のため」です。

 

 

 

‥‥で、これもいつも思うんですけど、映像技術におけるプロジェクト・取り組みが迷走するのって、

 

コストを縮小するのが目的の場合

 

‥‥がほとんどように見受けられます。

 

なぜか?‥‥って、映像技術を扱っているわりに「イメージ」「ビジョン」が希薄だからです。

 

例えば今回の「作業力としてのコンピュータ」の事案を考えた場合、作ろうと思う映像のビジョンがあって、その具現化のためにコンピュータの具体的な機能を活用する場合は、どの作業が「人間管轄」で、どの作業が「コンピュータ管轄」かを、最初から計算して運用できます。映像をイメージして思い浮かべるのと同時に、コンピュータの能力を作業計画に組み込むので、「映像表現」と「現場の制作技術運用」が合致します。

 

一方、映像はぶっちゃけ今まで通りで構わなくて、人間の代わりにコンピュータが自動中割りしてくれれば良い場合は、当座、制作中の作品で「試してみる」スタンスになりがちです。コンピュータが関わって生み出される映像に対しての明確なビジョンなどなく、人間でもできることを、コンピュータにやらせてみて、うまくいけば省力化、うまくいかない場合は人間がフォローする‥‥みたいな、結果待ちで後追いの制作展開になりやすいです。

 

つまり、「コストを縮小するのが目的の場合」は打算的で泥縄的で、当然のことながら、運用計画を事前に想定できなくなるわけです。‥‥だってさ、「できるかどうかも、わからない作業を、コンピュータに投げる」のですから、作業計画なんて事前に組み立てられるわけがないもんネ。

 

 

 

コンピュータを自らの意志で使う人間は、コンピュータの能力に期待していますし、以前のコンピュータの作業経験からくる信頼もそれなりに厚いものがあるでしょう。「コイツがいれば、新しいことができる」と思うからこそ、コンピュータの能力も応えてくれます。コンピュータを相棒のように頼もしく感じて、色々なアイデアも次々と浮かびます。

 

しかし、「コンピュータを使うと作画の人件費を節約できるらしい」「あまりあてになるとは思えないけど、自動中割りとやらでも使って見るか。もしダメならファイルは使わずに人間が作業すれば良いんだし」みたいな人間は、やっぱりと言えばやっぱり、コンピュータの能力を存分に引き出せるまでには至らないでしょう。普通に考えて、引き気味で期待薄の対象に、とことん突っ込んで使いこなすようにはならないからです。

 

コンピュータを使う人間のキモチによって、いくらでも、コンピュータが生み出す映像とお金も大きく変わってきます。「コンピュータが期待に応えてくれる」なんていうとオカルトみたいですが、要はコンピュータの能力をうまいこと活用できるようになると、状況が連鎖的にかけ合わさって、ルッサーの法則の「良いバージョン」的な膨らみ方をするのです。

 

コンピュータに大した期待もせず、色々な機能をテキトーにイジるだけだと、各機能のポテンシャルを0.5くらいしか引き出せず、そのかけ合わさった結果は、

 

0.5x0.5x0.5x0.5=0.0625

 

‥‥と、まあ、事実上0%になって「なんだこれ!?コンピュータなんてボロくて使えないわ」とか言い出す始末。

 

しかし、コンピュータの能力を理解してたとえ10%でも想定以上のポテンシャルを引き出せば、

 

1.1x1.1x1.1x1.1=1.4641

 

‥‥と50%近くも総合的な能力がアップして、「コンピュータって、すごい!どんどんやりたいことができる!」と感激するわけです。

 

実は、コンピュータの機能を殺すか生かすかは、当人たちの写し鏡なんですけどネ。

 

使う人間次第だということに、個人はおろか、制作集団や会社まで気づけていないこと‥‥は、相当多いよなあ‥‥と思います。高いコストを支払って導入するコンピュータ。それを、実際にどう使うかは、それこそ、数十年以上語り継がれてきたテーマです。

 

打算的に‥‥ではなく、意欲的に、コンピュータと一緒に仕事をしていきたいと、私は思っています。

 

 

* * * * * *

 

 

私が初めて仕事で「正式に」使ったコンピュータ、「Macintosh Quadra650」。ネットワーク線は引かれておらず、MOでのデータ受け渡しだったのが懐かしいです。この1〜2ヶ月後に、私専用の「PowerMacintosh 8500/180」が設置され、コンピュータの面白さにどんどんハマっていくことになります。

 

 

 

1カットごとの上がりがTIFFやSGIなどの連番ファイルだった時代(2000年代初頭)に、簡単な操作で「プルダウン画像」「プルダウン解除(=元の絵に戻す)」を生成するソフトを作りました。たしか、REALbasicで作ったはずです。フィールド合成の仕組みさえ理解していれば、プログラム自体はそんなに難しいものではなく、ラインごとに合成するだけですから、画像処理プログラムの初歩も兼ねて2002年くらいに作りました。

 

コンピュータで絵や映像を作るのは作業のメインとしても、コンピュータの長所は、雑事の自動処理にも活用できるはず‥‥と、1997年にApple Scriptからプログラムの自己学習を開始しました。コンピュータを使っているのに、ファイルのまとめとか手作業で大量の反復処理をするのは、釈然としなかったですしネ。

 


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