境遇と自分

境遇は人それぞれです。

 

私の世代はベビーブームで、目分量で量り売りで扱われるような世代でした。一方、近年の世代は「世界にひとつだけの花」みたいに少子化ゆえの扱われ方を少なからず受けてきたでしょう。世代によって、境遇は様々です。

 

でも、ぶっちゃけ、どんな境遇であろうと、自分の価値は自分で作り出すものです。

 

自分が、量り売りされた世代だろうが、希少品扱いされた世代だろうが、自分は自分です。能力の是非可否の原点は、自分の中にあります。

 

どんな世代にも有利な点、不利な点はあるものですしネ。

 

 

就職難でロスジェネで‥‥とか言って、自分の現在の境遇を世代のせいにすることもできます。一方で、雑な扱われ方をしてきたから、自分はタフで打たれ強いと言う人もいます。

 

境遇をハンデにする人、バネにする人、色々いるのでしょう。

 

まあ、普通に考えて、境遇はハンデではなくバネにしたいわな。

 

自分はデキない、不遇だ、ハンデをもって不利だ‥‥という理由を、世代や境遇に求める人は、自分の能力の低さや至らなさを、てっとり早く「一番身近な」自分の「世代や境遇」に関連づけているのでしょう。つまり、「なぜ、いかに自分が不遇かを証明する理由」を探している‥‥とも言えます。

 

逆に、自分はデキる、好遇だ、アドバンテージがあって有利だ‥‥という理由を、世代や境遇に感じている人もいます。「私も就職難の世代だけど、ロスジェネなんて言葉は甚だ迷惑だ。私は自分で自分を切り拓いてきたし、自分の世代を不遇だなんて思ったことはない。逆に有利だとすら思った」と言っている人もいるのです。

 

 

私も「量り売り」で雑に扱われた世代で、それはそれで良かったと思います。人間の量が多くて扱いが雑ゆえに、いちいち監視されずに済んで、色々なことができましたからネ。私がフリーアニメーターになれたのだって、「こんだけ人間が余ってれば、会社に努めないヤツがいても良いだろ」的な雰囲気がありましたし。

 

人が多くて就職難‥‥という状況は、普通だったらやらせてもらえない仕事でも選択できる自由度が高い‥‥と思えたわけです。

 

 

今の若い世代はどうでしょうかネ。

 

人が少なくて管理・監視されやすい傾向はありましょうが、ゆえに、人と同じことをしつつも、内容がぬきんでれば、監視や管理でひっかかって、逆に目につきやすいともいえます。

 

自分自身の「色々なやりたいこと」を実現するときに、

 

管理の甘い世代の中で、自由に行動して頭角をあらわすか

管理の厳しい世代の中で、突出することで頭角をあらわすか

 

‥‥だけの違いのようにも思えます。まあ、どちらも「行動力と力量が必要」であり、「型にハマって従順だと頭角をあらわせない」共通点はあります。

 

世代や境遇って、ホントに当人次第ですネ。

 

 


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