作る。こなす。

作品は「作るもの」であって、「こなすもの」ではないです。

 

これはちょうど、食事が「食べるもの」であって、「消化するもの」ではないのと同じです。料理人が、「はい、消化するものをご用意しました」とお客さんに出したらギョッとしますよネ。

 

そんなことは、だれでも判っていることでしょう。しかしプロとして「作る」行為を仕事にして、しかも生産フローのいち工程に組み込まれると、いつしか「作るもの」が「こなすもの」へと結果物も意識もどんどん変質していきます。

 

一方で、「作る」行為を要求できるほど、例えば動画1枚の料金は相応で適切な金額設定かと言うと、これも誰もが「不適切」だと判るでしょう。

 

新人や見習いの期間に、「こなす」のではなく「作る」意識を習得するのは、ごく自然なことです。しかし、キャリアを積んで新人から抜け出ても、現在の作品内容だと動画だけでは収入が成り立たない現実もあり、例えば「完全出来高で月5万」なんていうケースも世間に知れ渡り、「作る」を要求できるほどの報酬が設定されていないことは白日のもとに晒されています。

 

ぶっちゃけ、教育・指導する側も、こと、動画に至っては、「プロの品質」「作る行為」を肯定的な要素として指導できない「現実」がありましょう。

 

例えばベテランのアニメーターの中で、現在の動画の内容と単価で、テレビ作品の動画作業だけで完全出来高で20万円を稼げる人はどれだけいるでしょうか。昔話ではなく、「今のアニメの内容」で、月1000枚‥‥です。

 

つまり、「動画をプロの仕事にする」という一方で、「プロの仕事にはできない料金システム」という、痛烈なジレンマを抱えています。

 

 

無経験、未経験の人間が、最初からプロの報酬を得られるわけもないです。少子化の世代は、ベビーブーム世代の昔よりも大事に扱われて、「世界で1つだけの存在」などとおだてられて育ってしまったこともあるかも知れませんが、仕事場においてプロフェッショナルとして一目おかれてプロ相応に扱われるには、相応の能力が必要になります。生きてるだけじゃ、どうにも価値など見出せません。

 

しかし一方で、アニメ業界の、特に動画の料金システムはあまりにも酷いままで、「プロを自認できるほどの報酬がない」のは「現場を形成する構造」の「大問題・大欠陥」です。意識はプロでも、お金はプロじゃない。‥‥これは昔からの問題ではありましたが、近年のアニメの傾向〜複雑で線が多く、クオリティ基準も厳しくなった作画内容において、問題は極めて深刻化しています。昔話をして済む話じゃないです。

 

 

 

こなすのではなく、作るんだ

 

‥‥この「あたりまえのこと」を、現場においてあたりまえの事として意識するのは、旧来構造のままで突き進むアニメ制作現場では中々難しいようです。

 

どのような現場を新しく作れば、作品を「こなす」のではなく「作る」現場を形成できるのか。

 

難しいことではありますが、本気で取り組んで余りある、有意義な目標だと思っています。

 

 


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