自分のジャンルと他人のジャンル

なぜ、人は「他のジャンル」になると、今まで自分が積み重ねてきた労力や努力を忘れ、「どうせ簡単なことだろう」と思いがちだったり、その逆に「想像が及ばない凄くて近寄れないもの」と思うのでしょうネ?

 

絵を描く時、プロなら、その描線の1つ1つが積み重なって、プロの絵になることを熟知しているし、痛感しているはずです。線1本を軽視すると全体像は思うようにならずに崩れるし、線1本に固執しすぎて全体に目がいかなければ全体像はバランスを欠きます。

 

地道な積み重ねがプロをプロたる技術へと押し上げますし、様々な視点をもって広範囲に観察するからこそ色々な絵が描けるようにもなります。

 

そうした、自分が心血を注いで築き上げてきた「自分のジャンル」に対して、他者から浅い見識と軽率な状況把握によって不当に低評価を下されたりすれば、ものすごく不快な気分になるでしょう。

 

逆に、まるで神様扱いされて、「あなたの生まれながらの才能は素晴らしい」なんて言われても、「何もわかっちゃいない。センスだけでここまで技術を高められるわけないだろう? 相応の努力をしてきたんだよ」と、同じく不快な気分にもなるでしょう。

 

でも、自分のジャンルではなく、他のジャンルに対して、同じことをしがちになる人は、結構存在するのです。

 

本当によくありがちなのは、「絵で描くのは大変だけど、『デジタル』や『3D』だと簡単なんでしょ?」と思う作画の人間ネ。

 

なぜ、自分のジャンルを築くに至った今までの苦労と格闘の経緯を、他のジャンルに対して思いやれないのでしょう?

 

自分の関わるジャンルだけが尊いでも思っているのでしょうか。

 

 

思うに、そうした「自分のジャンルはすごい」「他者は楽してるんだろうから、他のジャンルは大したことない」と考える人間が、ワークグループに存在する時点で、「アニメ現場の明るい未来」は永久に来ません。‥‥少なくとも私はそう思います。

 

自分のジャンルで大変だった事柄を、他人のジャンルで軽々とこなしている「ようにみえる部分だけ」を見て、「簡単にできちゃうんだ」と考えがちなのは、本当によくあることです。そして、「あんなに簡単にできるのなら、どんどん安いお金で引き受けてもらおう」だなんて考え始めます。

 

アニメーターが下描きもせずに、一発描きで絵をサラサラと描くのを他者がみて、「そんなに簡単に絵が描けるのなら、安く沢山描いてよ」なんて言ったらどうします? 馬鹿野郎!‥‥でしょ?

 

さも簡単そうに見える動作のバックボーンに、色々な技術と経験がぎゅうっと詰まっていることを知っていれば、「サラサラとスピーディーにこなす」ことが「楽」「簡単」「安い」ことと同義ではないのが判りますよネ。自分の結果物が、経験と技術と才覚の結晶だということを知っていれば、他者の結果物にだって同じ思いを抱けるはず‥‥なんですけどネ。

 

 

以前、作画の人がAfter Effectsで撮影まで兼任して独自の映像をコンポジットする‥‥みたいなことに、ちょっとだけアシストしたことがあります。その時、「テクスチャの貼り込みはできないので、やってください」と言われて、驚いて唖然としました。

 

撮影まで自分でやって自分の原画担当シーンをコンポジットしたいのなら、貼り込みの作業も自分でやらないとダメでしょ。

 

そんな事例に限らず、作画の人の中にはどうやら「テクスチャの貼り込みは簡単にできる」「テクスチャの貼り込みはソフトが自動でやっている」と思っている人がいるようです。自分でいじったこともないのに、よくもまあ、他者の作業を「簡単だ」とか思えるよネ。

 

他のジャンルの人間が作画作業に割り込んできて、「自分は顔だけが描きたいから、他の部分は作画さんがフォローしてください」なんて言いだしたら、どう思います? ‥‥そして「エフェクト作画や小物類の作画なんて遊びみたいなもんで、顔を描くのに比べれば楽チンなんでしょ?」なんて、作画の素人が言いだしたら、どうでしょう?

 

未経験で何も知らないお前が、簡単だとか勝手に決めるな!‥‥と思うはずです。

 

 

でもさ‥‥「デジタル」が作画にも及んで来て、各ジャンル相互の理解が深まるどころか、他のジャンルをいっそう軽視して、簡単な部分だけを「つまみ食い」するような状況にすら及び始めているように思います。

 

いかにもダメな「技術認識の甘さ」、「内輪モメ」の典型ですが、これを改善する見込みは、私は「ない」と考えています。江戸幕府が継続する以上、「士農工商」が撤廃できなかったのと同じく。

 

でもまあ、やがて何隻も「黒船」がやってきます。江戸幕府はその際に「新政権」に再編成されることもあり得るでしょう。その時が「変われるチャンス」です。

 

 

思うに、今までの「作業工程生粋で育った人間」が工場生産ラインで繋がっている現場の様相は、一旦終息することでしか、仕切り直しはできないのだと思います。それは具体的に言えば、旧現場感覚の人間たちが「引退」することでしょう。もし現場感覚を変えられるのなら、とうの昔に変えられていたはずですからネ。

 

かと言って、年齢だけ若くても、考え方が旧現場感覚なら、20代でも50代でも同じです。頭の中身がおじいちゃんおばあちゃんならば、新しい現場感覚や意識なんて芽生えようもないです。

 

アニメーション制作の各工程を実際にプロクオリティ(=品質に対する責任)で兼任してこそ、各工程の相互理解が深まります。最初から「自分は何用の人間か」を決めつけるのではなく、あらゆる制作作業の中で「自分が何者か」を確立していくのです。そのためには、セクション単位ではなくジョブ単位でフローするダイナミックな制作管理システムも新しい現場の基盤として必要でしょう。

 

未来に向けてやることはやまほどあります。でもそれは、未来もアニメを作り続けたい‥‥と思えばこそ、ですよネ。

 

 


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