今日の日

今日は終戦の日です。‥‥ですが、戦史に興味のある人は、8月15日にキッパリと戦闘状態が各地で停止したわけではないのは、ご存知でしょう。8月20日の真岡郵便局の出来事敦化事件三船殉難事件など、Wikipediaでも検索できます。

 

withnewsの「8月15日=終戦」なぜ定着?法的に別の候補日も 玉音放送の存在」の記事にもあります。

 

 

 

夏になると、戦争に絡む色々なことが特集されるのですが、逆に言えば、夏にならないと多くの人はあまり戦争のことを思い浮かべない‥‥とも言えましょう。

 

まあ、普通に考えて、私らがアニメを作ってられるのは、現在、日本が戦争をしていないからです。「何を言っているんだ。人間社会なんて日々戦争みたいなものだ。」とか広義の意味ではなく、国家の戦争状態そのもの=「ガチで戦争」のことです。

 

戦争になったら、アニメも利用されて、「戦意高揚アニメ」を作る会社も出て来るでしょうネ。私は、このブログでは政治的なことは書かないと決めているので、それ以上の言及は避けますが、世間は自粛ムードが漂い、アニメの話の筋も「戦中の新聞の内容」みたいなのを再演するでしょう。

 

アニメ制作現場、アニメ業界にも問題は山積みですが、なんだかんだ言っても、とりあえず、戦争だけはしてない世の中なので、アニメも作れるんですよネ。

 

 

withnewsの女子挺身隊と思われる写真に写る女性の表情は、悲しみと悔しさと怒りと諦めの、全てが入り混じったような表情のように私には見えます。写真は1枚ですが、そこに写り込んだ人々は、今までの色々な過去の経緯があって、その時系列ゆえの表情の瞬間をカメラは捉えています。

 

The Way It Goesとか言うのは軽すぎるかも知れませんが、実際、国家全体が戦争に包み込まれて抜け出せなくなっていたのですから、いち個人の感情や行動では、その戦争状態をどうすることもできなかったのでしょう。

 

私の父は、陸軍に召集された父親(=私の祖父にあたる)を1945年7月1日付でカンギポット山での戦死で失い、後を追うようにして母親(=私の祖母にあたる)を終戦後まもなく病死で失っています。小中学生だった子供だった父に、その当時に何ができたというのでしょうね。

 

両親を失った父の人生は、大きく、その未来が変わってしまったことでしょう。まあ、同じような境遇にあっても、人はそれぞれだと思いますが、父は2018年の今まで、両親の墓地に墓石を建てようとしません。

 

 

「悲しみと悔しさと怒りと諦め」。‥‥今のアニメ制作の実情も似たようなものですよネ。

 

でも、70数年前の日本の大戦争と違って、自分たちでちょっとずつでも状況は変えられます。反逆罪に問われることはないのです。

 

なのに、なぜ、限界アリアリの旧来制作システムに「ギャラが安い」と言うだけで、自分たちで技術とシステムそのものを変えていこうとしないのですか?

 

原動仕の流れはアニメ作りの「宿命」では「全く無い」ですよ。原動仕の極めて重大な問題点にメスを入れることは、自分たちが主導となって可能です。

 

「親方日の丸」=「業界の総意に従属」なんていう意識はキッパリ捨てられるのです。こと、アニメ制作に至っては、です。

 

 

終戦の日に、何を思うのか。または、思わないのか。

 

まあ、人が何を思おうが自由です。そして、過去の歴史の何を糧とするかも、人それぞれです。

 

滅びる人は滅びる。生き残る人は生き残る。ただそれだけかも知れません。

 

‥‥でも。

 

淘汰のメカニズムは様々ですが、自分で淘汰を生き残る可能性を選択できるなら、その可能性に賭けてみても良いんじゃないですか。

 

死んだら、手も足も、口も出せないヨ。

 

 

 

 


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