風、共時性

先日、ドルビービジョンのお話を東銀座で聞いてきました。私らの作品制作技術の未来に深く関わる内容でしたが、より一層、自分らのロードマップと未来の動向が合致していることを確信しました。

 

新しいアニメーション技術は、ドルビービジョンをはじめとして4K HDRテレビや4K配信など、未来の高品質映像技術やインフラと、非常に親和性が高く、有利なことばかりです。「時代が味方してくれる」という感覚は2000年を迎えた頃にゾクゾクと身震いするほどに感じていましたが、それ以上の実感があります。

 

一方、2K SDRの現在のアニメ制作ではオーバースペックな要素ばかりです。従来のアニメ制作技術のままでは、むしろ現場の労働条件に対して、さらに過酷で困難な高いハードルになりかねません。‥‥というより、確実になるでしょう。アニメ業界の現在の主流派と未来社会の映像技術が、どんどん距離が離れて乖離するのを感じている人もいるのではないでしょうか。制作技術の開発面でも、機材調達の資金面でも、そして人員雇用の社会的な面でも。

 

主流派、多数派かどうかなんて、ハッキリ言って、何の未来の確約にもなりません。「時代=風」の流れゆく方向に、シンクロしているか否かがカギを握ります。

 

たとえ当初は草分け的存在で少数派でも、世界規模の映像技術開発の様々な要素が「追い風」になって、どんどん加速する勢いは、前世紀末の20年前にも等しく体験しました。

 

1990年代後半、彩色以降をコンピュータで作業してコンポジットしてオンライン編集する取り組みは、少数派も少数派で、「ほんとにそんなのモノになるんかね」と遠目で見ていた人々が主流派だったのをはっきりと記憶しています。「フィルムとセルがなくなることなんてあり得ない」なんてタカをくくっていた人々を尻目に、世界の映像技術はどんどんデジタルデータ基盤へと移り変わり、アニメ業界も2004年以降から次々と尻馬にのるようにセル用紙とセル絵具とフィルムと撮影台を捨てていきました。

 

その時の多数派の意見や行動は、今は「なかったこと」になってますがネ。

 

思うに、多数派は王道、少数派は邪道‥‥という意識が、特に日本では支配的なのです。他者への配慮を重んじる国民性をもつ一方で、全体主義的で、突出すること・抜きん出ることをこき下ろす国民性も併せ持ちます。「応用はできるけど発明はできない」と言われる由縁でしょう。加えて、主流=親方が入れ替わったら、さっくりさくさく、過去のことは忘れて、新しい主流に鞍替えする「調子の良さ」も日本人の特質ではあります。

 

 

アニメそのものが時代によって生み出され、時代とともに歩んできたのであれば、時代に追随できなくなった時、過去に置き去りにされることを意味します。

 

「人々がアニメを見捨てるわけがない」‥‥というのは、ロードマップというよりは「願望」でしょう。「願望」に未来を預けるのは、まさに「キモチだけで戦争が勝てる」と思い込んでいた非合理的な70年前の戦中日本国民の姿です。

 

20〜30代の人は、自分の20年後の姿を思い浮かべれば、今何をすべきか、今何を耐えるべきかが何となくでも想像できるでしょう。現在の現場から学び取れるものは、耐えてでも学び取るべきです。しかし、ずっと現場で耐え続けて、無理心中する必要はないです。

 

一方、ベテランは、自分と一緒に「過去の思い出と心中」してくれる人を沢山集めて嬉しがるんじゃなくて、むしろ、自分の技術を若い人に託して、背中をポンと押して「新しい時代とともに歩め」と送り出してあげるくらいの度量を持つべきだと思いますヨ。

 

まあ、個人の死生観に関わることなので、人それぞれが自分の未来を決めれば、それで良いとは思います。ただ、前述したように「多数派が王道」だから「正しく勝利への道を歩んでいる」と考えるべきか‥‥は、「日本の8月15日」をよく思い出せばよく判ることですよネ。多数派だろうが、少数派だろうが、「自分を信じ、自分を疑う」ことは常に必要な行動基盤だと思います。

 

 

私は、長年の経験、および、様々な「戦史」からのフィードバックで、「決め手がいくつも揃っていない時は負ける」と考えています。「いくつもの決め手」が準備完了していない時点では苦渋と辛酸を舐めようと耐えて待ち、むしろ準備に時を使うのです。


しかし、自分たちの行動だけでは、「いくつもの決め手」は揃いません。高機能・高品質化&低価格化した4K HDRテレビ、ネット配信、HDR10やドルビービジョン、HLGによる公共テレビ放送、高品質なスマホやタブレットの普及、雇用問題に対する意識、VR/AR、AIなど、様々な技術の発展や台頭が、あたかも自分たちの欲していた「決め手」のように出現して近接するのが、まさに「共時性・シンクロニシティ」です。

 

旧来アニメ現場のアニメ制作技術が、世界規模の技術発展との共時性を急速に失いつつあるのを、分析力のある人なら、既に認識しているでしょう。旧来アニメ現場においては「過去の決め手」よりも「現在の弱み」のほうがどんどん増大しているのを、日々の作業で感じている人も多いのではないですか。旧来アニメ現場には未来を勝って生きる「決め手の数が少な過ぎ」ます。「デジタル作画」「オンライン制作システム」を生き残るための「決戦兵器」とするばかりでは、負けは確定したようなものです。

 

共時性は「発展」方向だけでなく、「衰退・破滅の共時性」というのもあるのですヨ。アニメ業界の総意は「桶狭間と、ひよどり越と、川中島とを併せ行うの已むを得ざる羽目に追込まれる次第」なのでしょうかネ。

 

しかしアニメ制作技術と制作技術グループはすべてが旧来依存・過去の決め手に頼りきっているわけではありません。現用・最新、そして未来の技術を自分たちの「追い風」としながらも、決して机上の空論ではなく、自分たちの日々の作業で身の丈で活用して、「技術体系」として確立すべく行動しているグループも存在します。

 

 

時代はつかみどころのない「風」のようなものです。「風」とはWikipediaによると、「場所による気圧の不均一を解消しようとして発生するのが風」「気圧の不均一・気圧傾度力が大きいほど、風は強くなる」とのことです。‥‥言いえて妙‥‥ですネ。

 

その「風」を自らの帆にはらんで、発展の共時性と共に、未来を一歩ずつあゆむ。

 

考えてみれば、何も難解なことはなく、むしろ、シンプルで明快なこと‥‥ですよネ。

 

 

 


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