絵を手の中に

iPad Pro、もしくはApple Pencilの使える無印iPadを使うようになって、色々と「絵を描く事」に変化が生じたのを実感します。据え付けのペンタブにはない色々なこと‥‥です。

 

薄くて軽く、そして熱くないので、今までの作画机にすんなり馴染むのは、以前も書きました。Apple Pencilを鉛筆削りに突っ込もうとしたり、1日の仕事はじめに思わず透視台のライトをつけてしまったり、何らかの理由でキャンバスに描画された小さな点を息で吹き飛ばそうとしたり‥‥と、使い始めの頃は紙時代の癖がそのまま出ることも多かったのを思い出します。

 

しかし、ふと冷静に考えてみると、今までの作画作業に馴染んだことだけが、iPadが自分に与えてくれた変化ではありません。

 

iPadで絵を描いていると、「いろんな絵を描こう」という気になります。

 

つまり、

 

絵を描く行為が、自分の手の中に戻った

 

‥‥ということ、なんですよネ。

 

 

 

アニメーターになって以来、絵を描くのは、作画机の上ばかりで、しかも、作画用紙の中で、線画ばかりになっていることに、多くの人が「プロのアニメーターなんだから、そういうもんだろ」と妙に納得して観念しています。

 

机の上にあるのが、鉛筆、色鉛筆、消しゴム、定規、そして「下の絵が透けるのが目的」の薄い紙‥‥しか無ければ、その道具で描けるものしか描かなくなります。まあ、ある意味、当然のなりゆき‥‥でしょう。

 

もちろん、アニメーションの作画技術を体に叩き込むには、毎日、線画線画線画線画線画線画!‥‥という作業経験は必要でしょう。脇目を逸らしてフラフラしてたら、キッつい作画技術なんて習得できないもんネ。

 

でも、それがいつしか、「線画しか描けなくなっている自分」に変わり果て、「自分の絵を描く行為って、何だったんだろう?」と、遠いキモチになることもあるでしょう。何を描くにも「原画基準」で思考し、線画以外を描けない‥‥というか、線画以外を描こうとしない「奥手」「臆病」な人間に、自分自身が変質していることに、「昔はそれだけじゃなかったのになあ‥‥」と半ば諦めるような心情になるのです。

 

 

 

でも、iPadを買って、作画の仕事もしつつ、原画以外の絵の仕事〜コンセプトアートやイメージボード、各種デザインなどを請け負うようになって、ひょいとiPadをカバンの中に入れて自宅に持ち帰って「とりとめのない絵」も描くようになると、自分の「画業」に対する意識が徐々に柔軟なものへと変わってきます。

 

絵を描く行為が、作画作業専用として手元から「取り上げられ」て、絵を描く意識それ自体も「原画」「作監」という型に縛られていた状態が、iPadで「仕事以外の絵を気楽に描く事」で、次第にほぐれていくのです。

 

「俺(私)って、他の絵も描けるんじゃん」

 

‥‥と、当然のことでありながら、「状況によって気づかされてこなかった」ことに、手軽に持ち運んで色々な画具を使って絵を描けるiPadによって、すぅっと気づくのです。

 

作画作業が板についた6〜8年目くらいからは、線画以外の絵も描いてみても良いと思いますヨ。

 

もちろん、「原画だけを一生描き続ける!」と固く心に誓う人はその意思を貫けば良いと思いますから、他者がどうこう干渉する話でもないです。しかし、「線画以外のことを忘れていた」人は、iPadとApple Pencilで、自分の「線画以外の能力」にあらためて気が付いてみるのも良いんじゃないかと思います。

 

 

 

絵を描く行為が、仕事専用として作画机の上に束縛されていた状況から抜け出て、自分の手の中に絵が戻ってくる。

 

他人様のデザインの絵だけを描き続け、線画漬けの毎日を経験したことがなければ、そうした「自分の中に絵が帰ってくる」感覚は意識しづらいかも知れません。自分の絵を「一度、手放した経験」がなければ、ね。

 

iPadでどんな場所でも気軽に絵を描けるようになると、手放したものがふわっと戻ってくる、なんとないニュアンスを感じられるようになります。

 

絵に対する「自分のイメージの幅」を、線画オンリーに狭めていた日々から、iPadとApple Pencilは優しくそれとなく、軽くふんわりと解放してくれるきっかけとなります。

 

 

 

まあ、アニメ業界的には、「そんな余計な要素などいらない。線画を描く兵隊がいれば、それで良いんだ」的なことを考える人もいましょう。‥‥まあ、それはそれで、構いません。運用の方針は色々あって当然です。

 

しかし、その「絵を描く兵隊」を求める管理職の人は、絵を描く当人のライフサイクルなんて、何もケアしてくれません。「除隊」すれば、「自助努力で生きていってくれ」とばかりです。アニメ業界に「自分はこんなに貢献し続けたのに!」と訴えても、恩賞などでません。業界のアニメーター老後基金なんて、どこの誰も積み立てていないでしょ?

 

自分の画業は、自分で成立させるしかないのです。業界に寄り添っていればOKだと思うほうが「平和ボケ」過ぎるのです。

 

だったら、線画だけしか描けないのは、相当ヤバい‥‥と思うでしょ。線画って、あくまで絵の一部でしかなく、未完成形ですからネ。

 

 

 

まあ、iPadでなくても、SurfaceでもMobile Studioでも良いのです。

 

とにかく、手軽に持ち運べるガジェットによって、自分の手元に、自分の絵を連れ戻せれば、それでOK。

 

 

 

絵を描くことが苦痛になってる?

 

それはイケませんね。

 

絵を描くのって、本来、とてもワクワクして嬉しいものなのですヨ。

 

「そんなアマチュアみたいなことを言っちゃって」と悪ぶる人もいましょうが、苦痛の末に描いた絵を売りに出しているのも、どうかと思うよ。

 

自分のワクワク感や嬉しく楽しい感情は、必ずポジティブな要素として外部にも伝播します。

 

可愛い絵だけでなく、悲しい絵、グロい絵でも構わないのです。「描きたい!」と思うポジティブな意志は、かならず絵を通して見る側に伝わるものだ‥‥と実感します。

 

 

 


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