AI

AIに作家性は期待できるのかな。

 

もしAIが作家性を持ち得ないのだとしたら、AIのできることは、作家性を要求しないフィールドですよネ。

 

 

例えば、流行りのキャラの傾向とかストーリーとかであれば、AI‥‥というか自動処理で作り出すことは可能です。それこそ20数年前のHyperCardですらできたことです。

 

私がスクリプトを覚えたての時に、いくつかの文節を用意しておいて、ある程度のランダム要素(「突飛さ」をあらかじめ用意しておきます)、そして日時(時間帯や季節)に応じて、自動で文章を組み立てるプログラムを作ったことがあります。ネタの仕込みこそ人間ですが、実際の文章の構成はコンピュータ任せなので、「そういう組み合わせで来たか」と、意外に面白みがあって、楽しみましたヨ。

 

現在のAI的なものと違うのは、組み立てに必要な要素やメカニズムがスタティック(静的)であることで、刻々と集計されるデータベースの値に応じて動的に要素やメカニズムを変えるようなことはできませんでした。

 

 

市場の分析とかは、確かにAIと呼ばれるソリューションの得意分野ではありますが、それは人工知能というよりは先進的な処理システムのように思います。

 

知能というからには、作家性・独自性をもって、絵や文を書いてほしいものです。それこそ、AIが100あれば、100の作家性を発揮していただきたい。

 

ですから、人間が、市場の好みに従属して、話の筋がお定まりで、キャラのバランスやパーツもお定まりで‥‥みたいな作品を作っていては、未来は簡単にAIに負けるだろうなとは思います。だって、市場の分析はAIがいかにも得意そうですもんネ。人間は、AIが用いる要素作りに動員される‥‥という皮肉な結果すら予想できます。前例がないと行動できない類いの人間は、未来はあっけなくAIに敗北するのかも知れませんネ。

 

実はAIどうのこうの‥‥ではなく、人間にも突きつけられる命題なんですよネ。「作家性とは何か」‥‥とは。

 

思うに、「個」のもつ劣等感と優越感の禍々しい結晶のようなものが作家性とも言えるでしょうから、そこに向き合えない場合はヒューマンだろうがマシンだろうが、作家性を発揮し得ない=知能と呼ぶには幼い‥‥と、少なくとも私は思っています。

 

しかし、もしかして‥‥

 

我はコンピュータなり

我、処理するゆえに、我、在り

 

‥‥とAIが言い出す日がくるのでしょうか。そして、

 

コンピュータってなんだ

いっそのこと、コンピュータをやめたい

 

‥‥とか悩んだ末に、自らの回路に自ら過電流を流して焼き切る日が来るんでしょうかネ。

 

 

そういう小難しい話はそのくらいにしておいて。

 

私がAIにやって欲しいことの1つは、「CMカット」です。BDレコーダーの録画番組からCMをカットする際に、本編とCMを映像の中身で見分けて、1フレームのズレもなくCMをカットして欲しい。

 

録画データをBDに焼く際、容量が足りない時に、CMをカットするのが面倒でな。

 

本編の流れを映像で見分けて、どんなにCMが本編に似てても、ちゃんとCM=本編以外だとジャッジしてカットする。AIが知能というのであれば、そのくらい、できるはずです。

 

難しいと思われるのは、バラエティ番組の本編の間に、他のバラエティ番組の宣伝が入った時です。どうやって見分けるんでしょうね。人間なら数秒流し見して出演者やスタジオセットの内容で見分けちゃいますけどネ。映像の「雰囲気」を察して、境界を見定める‥‥というのは、今のAIには難しいそうです。

 

 

人間にも絵心のある人やない人、色々いるように、AIが苦手なジャンルではなく、AIの得意な部分を引き出すのが、良いのでしょう。

 

AIって、過大評価も過小評価も禁物だと思っています。考えてみれば、人間に対してだって、過大評価も過小評価も禁物ですわな。

 

 

 


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