いつの時代も

いつの時代も、後手に回る時って、ディテールが似るんだよなあ‥‥。

 

昔からの方法を踏襲するのにリソース(時間や金や人力)を割いている集団をよそに、新しい方法で開拓地をどんどん広げていく集団もいるわけで。

 

人と集団。‥‥何が命運を分けていくんでしょうね。‥‥やっぱり、人が集まって物事を動かすから、集団のメンツ=人それぞれの性質が絡み合って、決まっていくんでしょうネ。

 

 

命運はギャンブルにあらず。‥‥しかし、命運、自らの運命を、ギャンブルにしてしまう人や集団は、なぜか存在します。

 

ギャンブルで負けが増えて、その負けを取り返そうとして、さらにギャンブルにつぎ込んで、どんどん負けが増えていく。どうしたら勝てるんだ、どうやれば負けを挽回できるんだ‥‥と。

 

‥‥いや、ギャンブルそのものから、まずは抜け出さないと。

 

自分の進む道を、ギャンブルや勝ち負けに託すこと自体が、最初から破綻の構造を呼んでいるわけです。「イチかバチか」の時点で、既に。

 

 

運ではなく、必然を、自分の足場にすれば良いだけです。

 

では、必然とはなにか。「時間は進み続ける」という万物の法は、必然と呼ぶにふさわしいです。

 

今年は2018年、来年は2019年、その次は2020年。粛々と進み続ける時間に、勝ち負けもギャンブル性もないです。

 

 

進み続ける時間の中、新しい技術で何をしたら良いか判らない。‥‥それがまさに「後手」というやつです。

 

判らないから、昔からの方法の再現や踏襲に時間を費やして、費やしただけの達成感だけ得て、さらに後手後手に回っていく悪循環。

 

未来を切り開こうと思っているのに、未来のビジョンそのものが後手思考の「過去のビジョン」‥‥って、矛盾してますよネ。

 

文字でわかっている気になってもダメで、絵でわかっていないとダメなんですよネ。だって、絵を動かすアニメ作品の未来なんだから。

 

新しい技術で何をしたら良いか、見え過ぎちゃって困る。‥‥くらいの状態がふさわしいです。

 

 

 

でもまあ、何を言ったところで、

 

去る人は去り

 

残る人は残り

 

来る人は来る

 

‥‥というだけなのかな。いつの時代も。

 

 


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