ルッサーの伸びしろ

2KのSDR視点でいくら未来を想像しても、具体的な未来像は見えてこないでしょう。フィルムカメラとセル画時代に、現在のアニメ制作の姿が見えなかったように。

 

4Kは2Kの4倍の面積‥‥というだけの認識では4Kの真の姿を掴めませんし、1000nitsは現行のSDRの10倍のレンジ‥‥というだけの認識でもHDRの真の姿を掴めません。フィルム時代に、「仕上げ以降が「デジタル」になるんだ」という認識だけでは、現在のようなコンポジット技術の発展は見通せなかったように、です。

 

要素の足し算だけでは、未来は読みきれません。

 

ルッサーの法則の応用編みたいな話ですが、未来の技術の可能性は、その要素の足し算や平均値ではなく、掛け合わせによって予測できる‥‥と実感します。

 

つまり、現在の技術に比べて、例えば5つの技術要素が2倍のポテンシャルを持つ場合は、

 

2+2+2+2+2=10

 

ではなく、

 

2x2x2x2x2=32

 

‥‥のような劇的な進化と格差を生み出します。目に見えて、「これはものすごく進化した」と誰の目にも認識できるのです。

 

まあ、大雑把な概念的な計算ですが、これは1990年代後半の「デジタルアニメーション」の時に実際に体感したことです。

 

ちなみに、この計算は「技術的発達が小規模に収まった場合には、大きな効果とはならない」ことも示唆していて‥‥

 

1.1x1.1x1.1x1.1x1.1=1.61

 

‥‥とか、一部分の技術だけが2倍になったところで、他があまり進化しなければ、

 

1.1x2x1x1x1.2=2.64

 

‥‥と、各工程の技術が足並みを揃えて進化しないと、「何か変わったんか? よく見ても、違いがわからないなぁ」と、むしろマイナス評価とも言える結果が待っています。

 

ゆえに、各工程の技術は少なくとも1.6倍くらいの進化、できれば2倍くらいの技術的発展を成し遂げなければ、「投入したコストに見合う技術発展が実現できていない」と評価されてしまうでしょう。

 

 

私はプレステ1の攻殻のムービー、そして2000年のBloodに関わる中で、「仕上げと撮影がデジタル化された」程度の消極的な認識ではありませんでした。「仕上げと撮影がデジタル化された‥‥ということは、今までできなかった、あの表現もこの表現も可能になって、飛躍的に映像表現が増える」と考えていました。

 

それと同じことが、4KHDRでも起こります。

 

2Kが4Kになった、SDRがHDRになった。‥‥そんな消極的な認識で留まるはずがないじゃないですか。

 

 

アニメ制作にはもう技術的にも表現的にも伸びしろは少ない?

 

アホなことを言うな。知った顔して勝手に伸びしろを縮めるなよ。

 

まだまだいくらでも伸びしろはあるがな。

 

今、20代の人が、50代になってもまだやりきれないほどの広大な広がりが、4K8K時代にはありますヨ。

 

一緒に1つ1つ積み上げて、頑張りましょう。(‥‥と潜在的な同志に向かって囁く)

 

 


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