つまらない?

前回取り上げた記事で、

 

「毎日がつまらない」中年男性の72%が回答

 

‥‥というのがありましたが、‥‥‥う〜ん‥‥、少なくとも私や私ら技術集団に、それはないなあ‥‥というのが本音です。

 

映像制作は、世界の技術進化とともに変化していくので、

 

本文抜粋〜

「彼らは、将来の“先が見えない”不安より、すでに結果が出ていてこれ以上の展望が望めない“先が見えてしまった”喪失感のほうが強い。男性は子供の頃から大きな夢を持てと言われて育つため、無限の可能性があった過去を美化してしまい、さまざまなものを“失った”と感じているのでしょう」

 

‥‥なんてことはないです。映像作品制作で「これ以上の展望が望めない」なんて考える人は、それすなわち、単なる本人の限界なだけです。

 

やること、盛り込めること、可能性なんて、そこらじゅうに転がっています。ハードウェアにもソフトウェアにも、自分のココロの中にも‥‥です。むやみに自己啓発的な精神論などに走らずとも、プラグマティックに淡々と冷めてアクションするだけで、こと映像制作に関して言えば、現代は可能性だらけの世界です。

 

ただ、アニメ業界には「アニメはこうして作るものだ」と頭がカタい人が意外にも多いので、ともすれば、「すでに結果が出ていてこれ以上の展望が望めない」と感じる人も相応に多いかも知れません。

 

 

「これこそアニメの作り方」なんて、どこのだれがいつ、不文律にしたのよ。

 

アニメの作り方は、これから先も、山ほど可能性があるよ。それこそ、ゴロゴロと目の前に転がってます。

 

アニメ制作の限界‥‥なんて、自分らが勝手に限界を設定しているだけじゃん。

 

「展望が望めない」なんていう人は、自分で勝手に目を閉じて視界を封じているだけです。そりゃあ、目を閉じれば、展望など望めないでしょうヨ。目を見開けば、うわぁ‥‥‥と「食べる前から胃もたれ」するほど、可能性だらけです。

 

 

私が喪失感的なものを感じるとすれば、「やれることは200年分くらいはあるのに、人間の働ける年齢はどうやったって70〜80歳までが限界」ということです。現在の喪失感というよりは、未来の自分の喪失感が悲しい。

 

実際、この歳になって新大陸を発見してしまって、さて、どうやって開拓するか‥‥と、果てしない気分になっています。ゆえに、若い人間たちとどのように開拓するか、計画をあれこれと思い浮かべています。

 

本文抜粋〜

「若い頃は、能力は低くても挑戦している実感があるが、中年になると能力が上がるぶん挑戦している手応えはなくなり、退屈さが勝るようになります」

 

これもない。

 

中年になっても、挑戦しなければならない、新しい技術ハードルの連続です。

 

映像制作をマンネリ化させているのは、自分自身のマンネリ、組織自体のマンネリに他ならないです。40〜50代で手応えがなくなる‥‥なんて、どんだけチョロい技術なんだよ‥‥と思います。

 

たしかに、この世のあらゆる全ての仕事が延々と可能性が続くわけではないでしょうが、映像制作はその技術的特性・社会的背景によって、未知の可能性がどんどん目の前に積まれていきます。

 

アニメ作品制作だって、どんなに個人や集団の能力が上がろうが、新たな技術ハードルが目の前に出現するのですから、退屈している暇などないのです。

 

 

やりことはいっぱいあります。あり過ぎます。

 

毎日がつまらない‥‥なんて、‥‥‥ないよなあ‥‥。

 

 

 


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