変わる

ちまたでは、業界貧困のツイートや記事に事欠きません。文章を読めば危機意識も相応に高まりますが、当座の意識が高まるだけでやがて消沈して日々の「いつもの生活」に戻っていきます。ツイートでいくら「改善していくべき」と盛り上がっても、それは「ネットの肴」みたいなもので、実効案を実践するところまでは到達し得ないことが多いです。もし、ツイートの通りに皆がアクションしてたら、とっくのとうに、改善が進行しているはず‥‥ですもんネ。

 

思えば、今のようにネットで業界貧困のツイートや記事で溢れていなかった昔でも、粛々と「次の準備」「未来への取り組み」をすることはできました。つまり、時代に関係なく、「変える人」と「そうではない人」に二分されるだけの話‥‥ということなのでしょう。

 

 

トイレの便座に座っている時は何もやることがないので、沸沸と色々な事に思いを巡らすことが多いのですが、ふと「変わる」という命題を考えた時に、大きく分けて4つのパターンがあるのではないか‥‥とトイレのドア板を眺めながら、ふと最近思いました。

 

  • 変える人・集団
  • 変えない人・集団
  • 変えたい人・集団
  • 変えられない人・集団

 

こと「変える」命題を前にしても、4つくらいのアプローチや状況が思い浮かびます。

 

「変える」人と集団は、実際に変える取り組みを実行している人々です。当人らの意志と技術の両方が「変える」「新しくする」というベクトルを指向し、実際の仕事でも実践している状態です。新時代の技術をどんどん取り入れ、旧来の作業慣習から脱出し、「惰性と慣習を断ち切って、新基準を形成していく」強い信念が必要です。

 

「変えない」人と集団は、「あえて、変えない」意志を明確に実践している人々です。変えないことで逆に、変わっていく時代の中で生き残っていく戦略を打ち出す方法ですが、それには、むやみに新しいものに惑わされない強い意志が不可欠です。時代と逆行することでもブレずに、「老舗」の技術で生き抜いていく、確かな技術に支えられた強い自信が必要となりましょう。同時に、過去からの諸問題をどう解決するかも命題となります。

 

「変えたい」人と集団は、実際に変える取り組みを実行しているものの、現在は足踏みしている人々です。理想(=目標)と現実(=技術・経験)がまだ一致しておらず、さらには実践・実働のチャンスにも恵まれない状態にあり、本人らの自助努力でかろうじて未来への道を模索しているような状態です。ただし、「変える意志」は強く、やがて技術も高まりチャンスが到来した時には、諸々を意欲的に実行に移すことが可能です。

 

「変えられない」人と集団は、現状に対する危機意識を抱いているものの、集団全体の旧来技術基盤や昔の慣習は如何ともし難く、実情として「変わらない現実」を延々と繰り返す人々です。例えば、監督やプロデューサーが未来の展望を案じて、「このままではマズい。たち往かなくなる。」と危機意識を抱いて、現場に新しいアイデアやアプローチ、異なった気風と技術をもつ人材を投入しても、現場既存の「変わる意識をもたない多勢」にかき消されて、「変えようにも変えられない」現実が続く‥‥といった具合です。どんなに決定権を持つ人間が未来を指向してアクションしようが、現場の旧態依然とした人々の前に屈して挫折します。

 

「変える」と「変えたい」、「変えない」と「変えられない」では、大きな意識の隔たり、そして、現状の差異があります。

 

 

‥‥まあ、思うに、アニメ業界の状態は、最後の「変えられない人と集団」に当てはまる事例が多いでしょう。旧来のアニメ技術に対してはあくまで無批判で、ギャラをあげることが解決策だと思っているような類いの人は、未来の現場イメージなど全く見えておらず、「変えられない人」そのものと言えます。

 

ちょっと考えれば判ることですが、単純に単価を上げると、今以上に「簡単な仕事と難しい仕事」の格差が広がり、やがてみな「簡単な仕事だけやりたい」と行動するようになるでしょう。つーか、今が既にそう‥‥ですかネ。たとえ、動画が1枚1000円になっても、クチパクの1枚とキャラ3〜4体が1枚の動画の値段が均一で1000円だったら、アンバランスかつ不公平感はどんどん酷くなる一方です。‥‥しかし、旧来の現場に「変動単価制」を取り入れる度胸と気概のある人間なんて‥‥‥いまい?

 

思うに、変わろうとしない基盤の上で、どんなに張り切っても、結局は変えることは不可能なんだと思います。それが監督やプロデューサーであっても、です。

 

酸性の土壌で、申し訳程度のひとつまみの石灰を撒こうが、アリカリ性にはなりませんよネ。

 

つまり、「変える・変えない」は、土壌を変えるか否かの、根本的な決定を意味し、その土壌で育つ生態系をも左右します。いわゆる「エコシステムの問題」です。マグァンプ苦土石灰を少々バラまく程度で解決することではないです。

 

土壌を変える‥‥とは、現在の土地から離れて新天地を獲得すること、または、現在の土地を全部掘り起こして大々的な土壌改良をおこなうこと‥‥のどちらかです。

 

「‥‥無理だ」と思う人も多いでしょうが、例えば農作物は、旧来日本の酸性の土壌に様々な改良とメンテを施し、アルカリ性の野菜が大量に生産されています。「リアルな土壌改良」の実例です。未開の原野に、一大農作地帯を築いた例だってありますよネ。

 

 

 

私は、土壌を変えることは、十分可能だと思っています。なので日々、粛々と事を進めているわけです。

 

「土壌から変えるなんて、どうせ無理だ。昔のままでいい。今までのやりかたで十分だ。」と思うことは、決して慎重さや賢さと同義ではないです。むしろ、「どうせ無理」とは軽率さと愚かさの同義とすら思えます。

 

現状が苦しいから新しい道を‥‥というのは、一時的なモチベーションとはなりますが、テーマではないです。苦しい現状から抜け出るのなら、アニメに拘る必要はないですもんネ。

 

あくまで根っこには「アニメーション作品」を作りたいという人間の意志があり、その意志を成就し続ける手段として、技術や運用上の土壌の改良、そして働き方と報酬の問題解決があります。

 

人材雇用や人事は、まさに当人らがどれだけ未来を見据えているかのバロメーターです。人材募集要項で、未来を「どう見ているのか」が判ります。

 

20代の人材を採用する‥‥ということは、すなわち、その人材が40代50代になった頃の活躍ぶりを思い浮かべる‥‥ということです。「人手が足りない」だけでイメージするから、おかしな話になるんだと思っています。人材の採用は、まさに採用する側もされる側も「一生モノ」です。集団や組織を形成する「エコシステム」の未来像とは、まさに「人の集まり」そのものです。

 

 

 

私は、新しく現場を変えていきたいです。‥‥ゆえに、今は、粛々と、粛々と、状況を進めていくのみです。

 

もし、あなたが現場を変えたい‥‥と思うのなら、ツイートだけじゃ変わりませんヨ。そんなことは言われなくても誰でも判ってます‥‥よネ。

 

実際に、リアルに、行動しなきゃ。

 

 

 


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