思考の限界、変える限界

予定調和、今までの感じ、‥‥という誘惑は、特に仕事の本数が多くて心身ともに疲労している時に、悪魔のように耳元で囁いてきます。

 

しかし、予定調和路線、今までの感じで片付けちゃった先には、良いことだけでなく、悪いことも踏襲し続ける未来が待っています。

 

何かを変えるには、想像よりも遥かに大変な労力を必要とします。簡単には、物事は変わらないのです。ゆえに、当座の辛さにメゲることなく、大局を見極めて行動していくことが必要になりましょう‥‥と、自分を励ましておきます。

 

 

 

何かを大きく変えようと思うのなら、予測しきれない大変な労力を必要としましょう。土台から変えるには、土台の上にのっかってきた様々な古いものを全部どかして、さらに土台を掘り返して地ならしをする必要があるのですから、考えるだに大変です。だから、多くの人は、そんなことには着手しません。

 

ゆえに、マイナーチェンジに終始します。

 

でも、アニメの現場に必要なのは、根本的な問題解決と未来発展技術ですよネ。

 

使用するソフトウェアを変えようが、描いている絵柄が旧態依然とした内容ならば、未来の映像技術世界においては見劣りも甚だしいです。ソフトウェアで効率化を実践しても、その効率化が支えるアニメーション作品が古い感覚で制作されるならば、やがて時代の流れに遅れをとるでしょう。

 

 

 

やっぱり、物事を変える源は、人間の脳、思考そのものなんだよな。

 

だから、物事を変える「変え方」も「規模」も「内容」も、当人の脳内の思考に大きく依存するのです。コンピュータにインストールするソフトウェアを変えれば状況が変わる!‥‥と思う人間は、そうした脳・思考しか持ち合わせていない‥‥ということなのでしょう。

 

当人の思考の限界は、物事を変える限界と、強く深く結びついています。

 

 

 

思うに、物事の大変化って、小さなワンルーム規模で始まることが多いです。それは当人たちの思考が源になって、広がっていくからです。

 

フリーランスアニメーターの作画机エリアの一角、喫煙スペース、独立した特殊な部署、なんとなく浮いてしまったスタッフが身を寄せ合う狭い作業場。

 

‥‥そんな場所の、ちょっとした雑談から、新しい発想は生まれることが多いのです。

 

決して「大工場」の「大部屋」ではないです。

 

予定調和とは、逆に言えば、調和を乱さない従来規範の人間たちの思考の集合体であり、当然ながら「調和を乱す」言動や人間は、調和の中には存在できません。ゆえに、大工場の大部屋の予定調和の中から、「革新的な何か」なんて生まれ出るはずもないのです。

 

みんなで意見を出し合う大会議や、大きな組織単位で行動する規模で、物事を大きく変える新しい発想は生まれでないです。少なくとも、私が見てきた事例は、打算にまみれて鋭さも切れもない凡庸な結果となったものばかりです。皆がふところに「予定調和、今までの感じ」を忍ばせて参加するから、当然といえば当然です。

 

 

「予定調和、今までの感じ」などバッサリ切り捨て、新しい思考ができる人間など、大所帯では無理です。

 

なので、真に新しいことを始めるのなら、少人数が必定。

 

ゆえに、少人数それぞれにのしかかる「物事を変える労力」の負担は、かなり大きなものとなりますが、‥‥その負担は言わば、物事を変えることができる「プログラムコード」でもあるのです。

 

プログラムのコードがたとえ小規模でも完成しなければ、プログラムを実行することは‥‥ままならないですもんネ。

 

 



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