ねこ

仕事続きで疲れている時、ふとネットで猫の写真をみると、疲れを忘れて独り笑いすることが、私はけっこうしょっちゅうあります。

 

IPPONグランプリの「写真でボケて」シリーズのような、写真と文章の組み合わせは特に好きで、独りの仕事場で人知れず吹き出したりもします。

 

以下、Pinterestより。

 

 

 

 

「パトラッシュ、パトラッシュ」「犬が犬が」と、「まあ、犬が主人公の話だから」と流して見ているうちは良かったものの、あまりにも、犬犬犬犬、犬犬犬犬言っているのを見てるうちに、どんどん胸糞が悪くなって、最後の方では殺意すら芽生える‥‥みたいな「事前のストーリー」を写真と一文から想像するうちに笑いがこみ上げてきます。

 

「無事ハムスターが見つかったのに謝罪がない」‥‥というのも、それまでに起こった色々な出来事やセリフを想像すると笑いを誘います。ハムスターや家族は一切写真には無くて、猫の表情だけでストーリーを想像するのが楽しい。

 

 

こういう「全部言い切らない」で「想像する」のって好きなんですよネ。猫や写真ボケに限らず、アニメの見せ方でも。

 

例えば「風鈴が鳴っている」と文字で書かれていても、風鈴そのものを必ずしも描く必要はありません。

 

窓が開いている向こうに夏の青空が広がっていて(BGオンリー)、音だけで「チリン、チリリン...」と表現すれば、逆に、風鈴そのものを描写するよりも色々な情報を見る側に想像させることができます。

 

風鈴そのものを描いちゃったら、そこでイメージが決まり過ぎちゃって、見る側に想像する楽しみや余白を与えないことにもなりかねません。我々は映像を作っているのですから、絵と音と時間軸をうまく構成して駆使すれば良いのです。なんでもかんでもシナリオに書かれている事柄を直球で描いて表現するだけが能ではない‥‥のは、まさに映像表現の醍醐味ですよネ。

 

 

話を猫にもどして。

 

猫って、一緒に暮らしていたから判りますが、妙に人間臭いところがあって、独立独歩でマイペースのわりには、興味を示して参加してきたり、狼狽したり、取り繕ったり、愛情を試したりと、「揺れる感情」がたまらないイキモノです。

 

ゆえに、写真で思いもよらない表情や仕草が撮影できたりもするんですよネ。

 

またいつか、猫と暮らしたいとは思っています。ただ、猫の命を看取るところまで年数計算すると、そんなにのんびりと「いつか」なんて考えてはいられないようにも思います。

 

 

 

 


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