プロデューサー

どんなに新しい技術を自己開発しようと、用いる機会がなければ、一向に状況は進展しません。加えて、新しい技術は実績がないので、さらに機会は少なくなりがちです。

 

多くの人は、他者の成功を見てから、尻馬に乗るようにして行動します。まさに今のアニメの作り方が主流になったのも、尻馬行動の結果です。

 

1996年当時、今のような仕上げ以降をコンピュータで処理する方法、一部3DCGを取り入れる方法は、片手で数えられるほどのアニメ会社だけが取り組んでいました。

 

もし、皆が技術に対する正当な評価ができて先進性を見抜ける人間なら、2000年に入る前に各社がこぞって参入していたはずですが、実際はそうではありませんでした。

 

多くの会社が当初「そんなの上手くいくのかね」と傍観し、上手くいくとわかった途端になだれ込むようにして参入して、‥‥まあ、今のありさまになりました。一部始終を最初から見ていたので、よく解ります。

 

 

では、なぜ尻馬行動の連中ばかりの世界で、徐々にではあれ、新しい技術が台頭できるのか。

 

誰かの後追い‥‥ということは、誰かが最初に走り出さなければ、後追いもヘッタクレもないです。

 

 

もちろん何よりも、技術開発に熱意をもって取り組む人間の情熱ありきで走り始めるわけですが、一方で、「これは面白いかも」と何かしらの可能性を見出すプロデューサーの存在なくして、具現化はありえません

 

きっかけは、ほんの数カットや短尺でも良いのです。どんなに小さいきっかけでも、GOサインが出る=実際の制作費で実行できることが必要です。

 

プロデューサーの勘やひらめきや思いつきが、技術者・表現者の情熱に加わることで、新しい技術が表に姿を表し、新たな作品表現が生まれます。その時は当座のひらめきで、プロデューサー本人は時が経つとともにすっかり忘れていても、きっかけが次のきっかけを呼んで、繋がっていくことは多いものです。

 

渡りに船‥‥は、実はお互い様だったりします。

 

 

実際、私もそうしたプロデューサーの方々のひらめきや思いつきによって後押しされなければ、とっくのとうにのたれ死んでいたでしょう。プロデュース側の発想がなければ、新しい技術は成長することなく死に絶えていたと思います。

 

卵か鶏かの話みたいですが、「こんなことができるようになりましたヨ」とプロデューサーに見せることで、実戦での機会が生まれ、機会を与えてくれたおかげで、さらに開発が進んで「こんなこともできるように増えましたヨ」とプロデューサーに持ち掛けることが可能になります。

 

上げ上げの善きループです。

 

ただ、前例のない技術ほど、興味を示すプロデューサーもかなり少なくなります。しかし、ほんの2〜3人でも、見抜くプロデューサーがいれば、それで良いのです。

 

 

これは監督に対しても言えることで、監督が卵と鶏のループの発端を与えてくれることもあります。

 

今度の作品でぜひ使ってみたい‥‥と監督が要望してくれることで、技術開発にエネルギーが作用して「新技術台頭の機械仕掛け」が動き出すのです。

 

 

強力な軍事力があってこそ、強気の政治外交も可能となりましょう。強気の政治外交があってこそ、強力な軍備も可能となりましょう。要は、もちつもたれつ、です。


プロデューサーといがみ合っているような現場は、それだけで「負けは見えて」います。作品制作はある意味戦争ですから、国の政治と軍隊が内部衝突して内紛状態では、とても戦争に勝てる状態とはならないでしょう。第1次世界大戦のロシアのように、休戦・撤退・戦線離脱を余儀なくされます。例え、その場は勢いで勝利できても、次に繋がる体制を維持できなくなります。‥‥まあ、よくある話ですネ。

 

「なあなあに馴れ合う必要はない」ですが、ある種の運命共同体として機能する関係は必須だと思います。お互いの後ろ盾となることで、強くなれるのです。

 

 


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