線画描きと絵描きと

アニメとはこういうものだ! アニメは本来こうあるべき! ‥‥と言う人とは、新しいアニメーションの技術や運用やビジネスの話をしても、全くの平行線のままで、接点は生まれません。ゆえに、お互いの心情やポリシーに触れずにそっとしておくのが肝要。

 

ただ、全ての人が、「何か一つの価値観に縛られている」わけではないのも事実。

 

アニメーターの中には、線画だけを専門にする人もいれば、キャラの着彩イラストが上手な人もいますし、シーン全体の情景を描ける人もいます。

 

何がそうした「多様性」を決めているのか? ‥‥思うに、当人の根底の意識が色濃く影響しているのでしょう。

 

例えば、作画作業で言えば、作画している当人は、自分自身をどう思っているのか。

 

自分は原画マンだ。

 

こう言う人もいるでしょう。言葉の揚げ足取りをしたいわけではないですが、「あなたは原画だけを作業する原画専門の人ですか」と思ってしまいます。日本の量産アニメ独特の「原画の線画」だけを描く人のように思えていまします。

 

日本のアニメ業界では、「アニメーター」という言葉が、かなり狭い範囲を示す言葉になってしまっていて、「アニメーター=線画オンリー」という暗黙の総意すら感じます。

 

でも、アニメーターって、「何か」を動かす人でしょ? アニメ業界の「アニメーターの定義」は「線画専門」に限定され過ぎて、あまりにも狭義で、発展性に乏しいです。

 

自分は絵描きであり、絵を動かすアニメーターでもある。

 

‥‥との言い方のほうが、自分の「絵を描き、絵を動かす」という技術を要約しているように思います。

 

* *

 

私もかつて、「原画の線画」だけに囚われ、アニメーション技術の根本を喪失していた時期がありました。「線画のことしか見えてない」状態です。

 

でもそれでは、アニメーション映像を全体でイメージすることなどできません。過去の私に限らず、今でも、原画を描いている人は、自分の線画がどういう色で塗られて、どのような情景の色彩かをイメージできる人はあまりいません。大半は線画だけのことしか考えていないのです。

 

線画のレイアウトはできても、明暗のレイウアトには全く無頓着なのは、作画現場の特徴です。

 

線画でカッコいいバランスであっても、色がつくと全く違うバランスになって、意図しない結果になることも多いです。で‥‥さ、そう言う時に線画しか見えてない人は、例えば、「なんでかっこよくならないんだ!一生懸命レイアウトも原画も描いたのに!」とヒステリックに怒りますが、「じゃあ、逆に聞くけど、レイアウトを描いた時にどんな明暗や色彩のレイアウトをイメージしてたの?」と聞くと、「そんなところまでイメージしていない。そんなのは自分の管轄じゃない。線画を描くのがオレの仕事だ」みたいに自己防衛モードに突入します。

 

「そんなところまでイメージしてない」なんて言う人が、「自分がかっこいいと思うイメージ」を「他者が実現してくれる」と思うならば、「あなたは、イメージしているのか、いないのか、はっきりしてください」と言うほかないです。

 

「遠景の山並みは、空に比べて、どんな濃さなの?」と聞いても、「え?自分がそんなこと聞かれるなんて思いもしなかった‥‥」と驚いて、「いや‥‥自分は考えてなかった。美術さん任せで良いと思ってた。」と言う人が大半だと思います。

 

 

自分を「絵描き」としてみた場合、こうした「線画だけ」の意識は、極めて異質です。

 

普通、絵を描く時、線だけで終わらす?

 

‥‥その昔、知り合いの子に絵を描いてあげた時に「色は塗らないの?」と言われて、ハッとしたことがあります。

 

つまり、線画は描いているけど、絵は描いてないのです。自分が「原画工程」の人間であっても、絵の途中段階のところで意識まで止める必要はないでしょう。

 

 

たとえ、背景は美術さんに任せようと、レイアウトを描いている時点で、線画だけしか意識できず、明暗のレイアウトすら全く考えもしない‥‥のは、「そりゃあ、アニメ業界の今のシステムから離れられなくなるよね」と思います。「今度の仕事は、線画以上のことをしてほしい」と言われた時に「ツブシ」が効かないですもんネ。

 

なので、例えば「カラースクリプト」を作業する時には、一般的な原画マンには仕事を振り難いのです。多くの場合、ただの基本色の塗り絵になってしまうから。

 

シーンのコンセプトカラーをイメージして、メインの光の陰影を駆使してテンションをコントロールしたり、アンビエント的に忍ばせる光の演出‥‥などを、線画しか意識していない作業者には依頼できないわけです。

 

でも、それって、「絵描き」としてみれば、とても屈辱的なことじゃん?

 

「線画描き」としては認知されているけど、「絵描き」としては認知されていない。

 

少なくとも、私はそんなのはイヤなんですよネ。必ず誰かに色を塗ってもらわないと絵を完結できない自分‥‥なんてさ。

 

 

でも、線画だけしか意識できないのは、単に「そう意識することしかできない現場だったから」です。人間の可能性を現状で否定するつもりは毛頭ありません

 

おそらく、線画単体を描くだけでなく、全体の色彩を意識することを習慣づけて、コンセプトアートやカラースクリプトの作業をiPad Proや液タブで恒常的に作業するようになれば、多くの人間が「線画専門」の境遇から脱出できるでしょう。もちろん、収入の多様性も生まれましょう。

 

 

「デジタル」〜コンピュータの使い方と可能性を「デジタル原動画」に託すのは、まあ‥‥やりたい人がやれば良いと思います。それこそが「アニメの正常進化」と言うポリシーならば、そう思う人が実践すれば良いです。

 

私は、全く違うポリシーで未来の映像制作を進めようと思います。アニメーターは線画専門である必要などないし、むしろ、アニメーターは絵描きとしても活躍するべきだし、多様な収入の選択肢を得るべきだと思います。‥‥まあ、あくまで、私のビジョン‥‥なので、絶対に同意してくれとは無理強いしませんけど。

 

でもね‥‥、もったいないと思いますよ。どんな人間でも「一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」‥‥なのですから、現状に不平を言いながら自身の能力をダラダラと安ガネで消費するに任せるだけ‥‥なのはネ。

 

 

 


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