佇まい

私は、50年生きてきて、ようやく絵というものが解りかけてきた感が最近あります。まだ、迷いも多く、未熟者ですが、何をよりどころにすれば良いかが、実感できるようになってきました。

 

立体的な空間、時間は、残照に留め、あくまで平面での振る舞いに注視する‥‥ということが、私の求める「絵の世界」だと自分自身を自覚できるようになりました。

 

はっきり言いまして、最終的=つまり、絵としての最終形態においては、立体の理屈など、どうでもいい。そして、現実の理屈も、どうでもいい。

 

平面上に展開し、平面上にその完成像を表すことが、絵の全てです。

 

そして、それこそが、絵の最大のアドバンテージだと心底思えるように、ようやくなってきました。

 

‥‥まあ、私にとっては、ですけど。‥‥一般論とはいいませんヨ。

 

 

もちろん、平面上に絵を展開するために、立体の把握や現実のリサーチなども必要でしょう。人々を円滑に絵の世界に引き込むために、見かけ上の理屈や立体感は(作風に応じて)不可欠だと思います。しかしそれらは全て絵の美しさ、面白さを具現化するための、単なるいち手段です。

 

私の好きな画家さんが、とあるテレビ特集番組で、手を描くために義手メーカーを訪ねて手の模型をあらゆる方向から観察していました。‥‥こう聞くと、「手の立体を把握するためだろう」とか「構造を知るためだろう」とか思いがちですが、‥‥‥違うんですよネ。つじつまや理屈を合わせるため「だけ」に、わざわざ立体を遠方まで確認しにいったのではないでしょう。

 

絵の中の佇まいを成立させるために、自分の目で存在感をできる限りクリアに観察・確認したいのだと、私は思っています。

*ちなみに、そのテレビ特集番組は、既に亡くなった人の絵を描く‥‥という内容だったので、モデル本人の手は直に観察できなかったのです。

 

途中経過として寸法の計測もするでしょうし、細部までスケッチ・模写するでしょうが、それは手段であって、目的ではないです。

 

 

私は実際、アニメの原画仕事ではなく、自分たちの新しい表現を盛り込んだプロジェクトの絵になると、制服の襟ひとつ、悩んで描けなくなることがあります。‥‥なんていいますかね、「どこかで誰かが描いたような」「慣れだけで描いた」「打算的な描写」が、自分で描いてて嫌になってくるのです。

 

たとえ最終的に1本の線で描写されようと、それは平面上で描かれる「然るべき佇まい」であってほしいわけです。

 

 

まあ、そうしたスタンスは、大量に絵を描く旧来のアニメ制作向きでないのは、百も承知しております。制作構造的に、いちいち1本の線で悩んでたら、キリがないですもんネ。

 

ですが、新しい技術においては、1本の線で延々と悩むかは別として、今まで不可能だった画風を動かせる利点があります。もう「アニメ絵」でなくても構わないのです。アニメを作るときに、必ずアニメ絵にしなければならなかった過去の足枷が外れます。

 

絵を動かす‥‥ということに対して、「まず、絵であること」が「許される」ようになるわけです。「アニメ絵以外、お断り」と門前払いを喰らうことは、新技法においてはありません。

 

腐心して描いた1本の線が、粗雑に扱われることなく、アニメーションの時間の中で動かせるようになります。苦労の甲斐もあろう‥‥というものです。

 

 

でもまあ、ゆえに、あまりにも表現の選択肢の幅が広すぎて、逆に迷う‥‥ということもあるんですけどネ。

 

まあ、ビジネスモデルも含め、色々と切り拓いていくことは多いです。

 

 

今後、もしかしたら業界の人々は、「アニメ制作のためのアニメ絵」を作り続けるために、色々な工夫をするようになる‥‥かも知れませんが、私からすれば、それはある種、競合が増えずに好都合ではあります。ライバルが少ない〜海はレッドよりもブルーなほうがやりやすい‥‥ですもんネ。

 

私ら新技術に取り組むグループは、アニメ絵でも、アニメ絵ではない絵柄でも、色々なスタイルと手法でアニメーションを作っていきます。新旧拘らず、あくまで、平面上での最終的な「絵の佇まい」を至上として。

 

悩むことも、迷うことも多いですが、それもお楽しみの内‥‥です。

 

 

 

旧来スタイルによる当面の現実的な路線、未来の様々な可能性への取り組み。

 

現実だけでは行き止まりで先が見えない、夢や理想だけでは現在から未来に繋がらない‥‥と、要するに、両方を同時に進める必要があるわけです。

 

‥‥であるならば、今は今、未来は未来‥‥で、「分けて」考えて行動すれば良いのでしょう。

 

未来を、ことさらに現在の延長線上や刷り直しによって限定する必要もないです。

 

「映画とは本来こういうものだ。アニメは映画じゃない」みたいな論調が最近話題になりましたが、実はアニメを作っている当事者も、「アニメとは本来こういうものだ。アニメ絵じゃなければアニメじゃない」‥‥みたいな暗黙の決め型に縛られているように思います。「型」に束縛されている‥‥という点で、私から見ればどっちも‥‥って、まあ、いいや、それは。

 

こと、アニメ作品の条件を考えれば、絵が動いて、話を紡いで、映像作品となる、‥‥それだけで、アニメ足り得ると私は思ってます。

 

 

*好きな画家は古今東西たくさんいるんですが、上村松園も昔から好きです。‥‥のわりには、山種には一度も行ったことがないんだよねえ‥‥。出不精だから。

アホみたいに混んでる上野美術館の企画展をみるくらいなら、常設の洋画や松園の「」をゆっくりたっぷり見たほうが、数倍幸せです。


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