生まれ変わりの期間

何度も繰り返し書きますが、最近数年は20数年前と構造が酷似しています。ゆえに、20数年前に行動して上手くいったこと、もっとこうすれば良かったと思うことを、実践すれば良いと感じます。

 

20数年前、まさかフィルムとセルが消えるとは、周りの誰もが思っていませんでした。「フィルム&セル」組は、まさに業界の本道であり、コンピュータによる「デジタルアニメーション」組は少数も少数で、「うまくいくかどうかも判らないモノ」程度の認知度でした。VHSアナログビデオテープが全盛でもあったので、「コンピュータデータによって、アニメ映像を形成する」こと自体、世間一般・業界大多数で「現実味の薄い」話だったわけです。

 

私自身はMacintoshのPhotoshopの大きな可能性に触れ、やがて「デジタルアニメーション」が台頭する確信はありましたが、「フィルム&セル」と共存していくとも考えており、セルやフィルム撮影台だけでなくまさかフィルムそのものまで「消える」なんて思ってもみませんでした。

 

私はその1996〜2000年当時、一眼レフカメラをいつも持ち歩くほど愛用していましたから、余計に、フィルムが消えるなんてありえないと信じて疑わなかったのです。当時のデジカメはQuickTakeでそりゃあもう、お粗末至極の性能(小さい画像、汚い画質、すぐに切れる電池)で、信頼できるカメラはまだまだフィルム方式だったのです。

 

*2009年頃のムービー用フィルムパンフレット。五反田のラボのロビーで待ち合わせの間に、フィルムの思い出に‥‥と、記念にゲットしておきました。

 

その辺の経験から鑑みて、今回の大変動期も、作画の現場はもしかしたら‥‥と思うこともあるのですが、作画の未来は読みきれません。少なくとも私自身は、新技術を推進する立場を明確にしつつも、20年前と同じように、「旧来技術が消滅することはない」とも考えています。紙を廃止しても鉛筆をペンタブに持ち替えて「デジタル作画」として継続し、金がかかる構造も含めて、継承していくと予測しています。

 

なぜかというと、新技術はよほどコンピュータに慣れた人間でないと、あまりにも「作画感覚が違いすぎる」ので移行は困難で、ゆえに作画畑の人々の多くは「移行できない=昔の技術を使い続ける」と思うからです。旧来の作画感覚で仕事をする人ほど、カットアウト、キーフレーム、三角メッシュやボーンの操作感覚は、違和感たっぷりで拒絶感を乗り越えられない‥‥と思われます。

 

旧来技術の中で生き続けたい人の「許容」として、旧来作画ベースの現場は存続すると予測しています。

 

ただし、経験したありのままで考えると、そのあたりも未知数‥‥と言わざるえません。少なくとも、20年前の私の「フィルム&セルと、コンピュータ&データは、お互いに長所をアピールしつつ共存していく」と考えていた予測は大外れだったわけですから。

 

 

 

 

‥‥で、そうした全体像だけでなく、私個人の仕事周りにも、20年前と酷似する状況は再演しています。

 

これからはコンピュータを自分の武器にして仕事をする!‥‥と決心しきれたのは、1997〜1999年くらいのことでしたが、その間にスパッと紙と鉛筆からコンピュータに完全に切り替えられたわけではなく、昔のご縁=自分の能力を知ってくださる方々からの仕事は続けていて、実質は紙とコンピュータの掛け持ち状態でした。

 

そして現在も、同じ状況を再演しています。新しいスキームと、旧来のスキームの、同時進行。

 

前に、「良い死に場所を見つけた」と書いたのもつかの間、ドドドッと旧来の原画&コンポジットの仕事依頼が複数来て、20年前の再来〜死に損なう日々が続くのかも知れません。

 

 

新しいカタチに生まれ変わるには、実はそれなりの長い年月が必要‥‥みたいです。過去の経験から、そう思います。

 

自分ではズバッズバッ!と豪胆かつ積極的にアクションした気でいても、大きな物事が動きだすにはそれ相応の時間は要するのです。大転換期であればあるほど‥‥です。

 

 

 

 

じゃあ、誰かさんが物事を動かすまで、待ってればいいや‥‥というのは、ものすごく、見当はずれな考えでネ‥‥。

 

そうした日和見行動は、まさに状況に流されるままに流されるので、溺れ死にそうになるところから「次のフェイズ」をスタートすることになります。最近のアニメ現場の状況を鑑みるに、いきなり最初から不利な立ち位置でキャリアを開始する人も多いと推測しますが、それはその制作集団が日和見したツケが回っているだけです。

 

物事の流れを読んで「先行投資」して「良い位置につける」行動を実践した制作集団は、流れの影響は受けつつも呑みこまれっぱなしになることはなく、また次のタイミングを狙っているものです。

 

 

とは言え、新機軸をどんどん打ち出して、新しいアイデアを実践して形にしても、物事は即応しません。大きな流れが方向を変えるには、様々な要素と相応の時間が必要です。

 

だからと言って何もしなければ何も変わりません。むしろ、何も行動しなかったことが、数年後、十数年後に、どんどん不利な局面へと自分を追い込んでいきます。

 

まあ、戦争論そのもの‥‥ですネ。

 

大胆な戦略展開と地道な持久戦が並行で進みます。

 

 

* *

 

 

1原2原はおろか、3原、4原、果ては0原(ゼロゲン!!!)まで存在するようになった状況。

*ちなみに、ゼロゲンやヨンゲンは同僚から聞いた話であって、私の周りには、そんな仕事の状況はありません。関わる作品制作スタッフの名誉のために明記しておきます。

 

もちろん、ウケ狙いやネタで0原や4原の仕事を増やしているのではなく、切実なその現場の理由があるのでしょうが、どんな理由があろうと、それは「型崩れ」「崩壊」に他なりません。だってさ‥‥‥、3原、4原や0原まで発生しちゃった現場って、いったい、原画料金はいくらに細分化されるの? ‥‥まさか、1カット、1000円?

 

仕上げさんがキャラ修正するのが恒常化した現場、本撮テイク1を2〜3日で撮り切るのが恒常化した現場。

 

「近年10〜15年の状況」しか知らなければ、新しい未来をどうやって切り拓けば良いか、実感があまりにも希薄でしょう。

 

惰性でアニメを続けるベテラン、今の状況を「しょうがない」で済ませる中堅、憧れだけでその先は何も考えてない新人は、まあ、ふさわしい場所が未来に用意されるでしょう。

 

要は、私のようなコンピュータ導入の黎明期を肌身で知る古参スタッフと、業界入り当初から「地獄の現場」で生き続けたがゆえに未来を変えたいと強く思う中堅スタッフ、そして、アニメを憧れだけでなく生業として真剣に新しい技術と経験を吸収していこうと決心する新世代スタッフの、人材を選抜した上での結束が必要不可欠となりましょう。良き未来を志向するのなら、ベテラン・中堅・ルーキー全ての世代において、日和見路線や尻馬路線と決別する覚悟と行動が求められます。

 

 

 

いくら大勢で寄り集まっても、烏合の衆や日和見集団じゃ、何も動かせません。かえって、身動きが取れなくなるもの‥‥ですよネ。そんなの見飽きるほど見てきましたワ。

 

なんだかんだ議論しようが、あれこれ小理屈をひっつけようが(=我ながら)、結局は、物事を動かす意志をリアルに実践できる人間たちだけが、自分たちの運命を変えていける‥‥と、この20数年を経験して、実感します。

 

 

 


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