何に首を突っ込むか

「首を突っ込む」とは‥‥

 

その事に関心興味をもって関係する。また,深入りする。没頭する。

物事関与干渉する。深入りする。

〜以上、引用終わり

 

‥‥です。

 

今後、2020年代を迎えるにあたって、「何」に首を突っ込むかは、私だけでなく、様々な人にとって、重要な事と感じます。

 

 

首なんてさ‥‥、日々の気になった事柄に対して、反射的かつ野放図に、突っ込んでたら、きりがない‥‥ですよネ。

 

 

 

ツイッターがこの世に存在するようになって、人々の日々の雑感がツイートを通してネットを駆け巡るわけですが、それにいちいち反応してたら、それだけで一生のうちの随分な時間を消費してしまいますよネ。

 

アニメ業界関係者のツイートも、作画は作画視点だけで発言しがちだし、撮影は撮影視点、管理者は管理者視点、他の工程も然り‥‥と、水掛け論の平行線状態が続いているのは明白なのに、数年周期で同じツイートが燃え上がっては鎮静し、また燃え上がっては鎮静し‥‥の繰り返しように思います。

 

 

‥‥で、そうした日々の愚痴や不満の、夥しい言葉の海に首を突っ込んで、どうにかなったのか。


他人のこと、他人の現場から聴こえ来ることに対して、いちいち首を突っ込んで、善き方向へと何かしら変わったのか。変えられたのか。

 

 

 

どうせ首を突っ込むのなら、善き状況、良き結果を得られることにこそ‥‥と、最近は特に思うようになりました。

 

時間は無限ではないですもんネ。

 

また、時間の価値も均質でもないです。「今、しなければならないこと」をすべきと考えます。

 

 

 

当人が「何に首を突っ込むか」で、当人の人生や運命って、道筋を変えていくように思うのです。

 

アニメ業界の現場はさ‥‥、セクショナリズムが強烈で、作画は作画の人間だけで寄り集まりがちで最終的に絵を作り上げるコンポジット技術のことはほとんど知らないし、アニメ撮影専門のキャリアしか積んで来なかった人間は絵をゼロから作る感覚が希薄だし、アニメ業界のスタッフは「他の新しい可能性に首を突っ込もう」にも「セクショナリズムの重い足枷」をハメられているようなものです。

 

でも、その足枷を打ち壊して外して、新たなフィールドを歩みだして新たなキャリアを積むのは、本人の行動次第なのも事実。待ち続けているだけじゃ、やがて、おじいちゃんおばあちゃんですもんネ。

 

ただ、その「首の突っ込みどき」に、どれだけ、それ以前に蓄積したリソース(技術や経験、人脈など)を保有しているかも問われます。単に「首を突っ込むだけ」では息切れして自滅します。

 

やはり、「何に首を突っ込むか」を慎重に考え、自身の現在の才力、そして成長を踏まえた、「自分のロードマップ」「自分たちのロードマップ」を常に思い描いておく必要があるでしょう。

 

逆に言えば‥‥、ロードマップを思い描けない人間や集団は、日々「瑣末なことに、首を突っ込み続ける」のでしょう。そして、何かしらちょっとでも改善に向かって前進していると錯覚し現状を(無意識・無自覚にでも)はぐらかしたいのかも‥‥知れませんが、それは虚しいばかりだけでなく、自分にとって甚だしく危険なことでもありましょう。

 

 

 

首を突っ込むことを「その事に関心興味をもって関係する。」とするのなら、誰しも何かしら「首を突っ込み続ける人生」と言えます。

 

で、あるならば‥‥‥ですよネ。

 

 

 

 

 



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