共有の悪

ライターの人から以前聞いた話ですが、とある世界有数の自動車メーカーの研究施設に取材にいくと、写真撮影が制限されるのはもちろん、施設内を見て歩くだけでも所員が先回りして置いてある物品に布を被せてから人を通したり、たとえ撮影可の物品でも撮影する角度が決められていたり‥‥と、厳しく情報管理されているようです。

 

私らの開発するアニメーションの新技術ももちろん、同等に情報管理や技術の取り扱いは厳しいです。「共有」とか「カット合わせ」なんて名目でプロジェクトが流出することはあり得ません。

 

本気で真剣に、お金も時間も使って開発していれば、当然のことですよネ。

 

 

一方、ここ10年のアニメ業界の歴史を見ていると、「共有と言う名のディスカウント」によって自滅寸前になっていると、率直に感じます。同じソフトを使っているから、簡単に「共有」できると思っている人は、それこそ沢山います。

 

「タダで手に入れた技術は、簡単に又貸しして、タダでばら撒かれる」のを、沢山見てきました。

 

「タダで手に入れた技術」は、「誰かによってタダで作られた」と思っているんでしょうネ。だから簡単に、誰かから好意で受け取った(もしくは無断で複製した)技術を「タダ」でばら撒くのです。

 

技術開発にどれだけお金と時間と苦しみと情熱が込められているのか、タダで「共有してもらえる」と思っている人々はまるで解らないし、解ろうともしません。

 

タダのものは、全てタダ。‥‥開発の苦しさを知らない人は、そう思って疑いません。

 

 

もし、これから未来にアニメ業界が「正常になりたい」のなら、技術情報の管理もしっかりとおこなうべきです。

 

技術に「タダ」なんてあり得ないんだ‥‥とハッキリ認識すべきです。

 

みんなで技術をタダで共有すれば、みんなが幸せになれる‥‥なんていうのは、とんでもない幻想、大ウソです。皆で同じ技術レベルになったら、技術における競争原理も作用しないし、安売り合戦の繰り返しです。同じ技術なら、どれだけ安く売れるかで勝負だ!‥‥なんてことになりますし、実際に今のアニメ業界はそうなっていますよネ。

 

 

標準規格を業界で定めて、標準仕様に必要な技術はオープンソースにしょう‥‥というのは良いことだと思います。

 

マズいのは、標準技術と特殊な固有技術の差もわきまえず、「欲しいと言えば何でも手に入る」と思い込むバカさ加減です。各技術者・技術グループ個々の特殊技術まで、「共有して」といえば何でも共有してもらえると考える甘さは、いったいどこから来るんでしょうネ。

 

受発注の基本は、発注に対する完成物の納品です。どこの世界に、完成物と一緒に全設計書類を手渡すマヌケなお人好しがいるんだよ。高精度な部品を製造する工場が、部品を納品するだけでなく、高レベルなノウハウや技術書まで納品する? ‥‥当然、しないでしょ。

 

‥‥でも、アニメ業界はそういうこと、平気でやろうとするよネ。誰が率先しているのか知らないけど、バカだよネ。その辺は昔っから。‥‥そして、自分たちは安売り合戦に巻き込まれてお金がないんです‥‥って、自作自演の愉快犯じゃないですか。

 

 

それにさ‥‥、技術を「共有」したがるのは、往々にして「技術的弱者」です。自費を投じて長い時間をかけて技術を確立した人間からすれば、大して技術開発に時間も金も割かずに他者の技術共有を欲する「技術的弱者」は随分と虫が良いように思えます。

 

まさにガチで研究中の技術に「布を被せて隠す」のなんて当たり前です。それを都合の良い「ブラックボックス」なんていう言葉で揶揄する前に、まずは自分たちで研究開発に精一杯の努力と情熱と可能な限りのコストを注ぎ込むべきです。新技術に関しては私はもう10年以上も自費でずっとやってますし、私に限らず、技術開発を自分ごととして捉えている人は、少なからず自分に対して投資して、自分の時間を割いて研究開発しています。プロだろうがアマだろうが、自分の技術開発の結果物で勝負すれば良いだけです。

 

仮に技術を他からデータコピーしたところで、自分たちの「技術開発力」が育って向上するわけではないのです。他者からかすめ取って、ハリボテの技術力を騙っているだけに過ぎません。

 

むしろ、他の人間たちが作ったスゴい映像を見て、自分たちなりに模倣して同等の品質を獲得するようになれば、それがまさに自分たちの技術力になります。やがて、模倣から発展してオリジナルの技術を開発する機運が生まれるでしょうし、自主開発を可能とする手応えを手に入れられるでしょう。「共有」なんていう安直な手段に頼らなければ‥‥です。

 

なぜ、日本のアニメーターの技術力が秀でているのか。それは徹底的な模倣から自分の技術体系をスタートし、やがて独自技術の発展形を実現したからです。模倣する段階で多くのことを学べるからです。

 

他から技術を「まるごとデータ共有」して「複製流用」しているうちは、人も集団も育ちません。おねだりの手練手管に磨きがかかるだけです。そりゃあ、どうやっているのか数値まで含めて盗用すれば「複製」は楽でしょうが、それで自分の将来は大丈夫?

 

解らないことだらけで困難の連続でも、模写・模倣を繰り返して、自分なりの技法を次第に確立した方が、未来何十年にも及ぶ映像制作人生の心強い糧となるでしょう。

 

 

技術開発の困難にメゲずしぶとく喰らいついているうちに、技術的弱者はいつしか技術的強者へと変わっていくのです。最初から強者だった人間なんて、いませんもん。

 

ものすごく明快でフェアじゃないですか。性別も年齢も国籍も容姿も傷跡も関係なく、技術だけが支配するフィールドって。

 

 

少なくとも私は、誰かに作業を依頼した時に、その人に「何から何までよこせ」なんて言いません。もし、その人の技術が必要ならば、その人との関係を良好に保ち、その人に仕事を入れ続ければ良いのです。「あなたの技術は素晴らしい。この次もよろしくお願いします」と。

 

依頼する側は、個々の技術力による産物で作品を高品質に作り上げ、受注する側は、自分の技術力に相応なギャラが支払われて商売が成り立ち‥‥と、「技術の対価」という関係性は、ベテランでも中堅でも若手でも変わりません

 

相手が20代の若手でも、その若手なりの特性が、どのように当人の技術体系として発展していくかが、技術集団の「性能」の一翼を担います。技術集団は、コンピュータのプリセットではなく、人間たちによって形成されるのです。「おまえのかわりなんて、いくらでもいる」なんていう人間は、そもそも存在しないのが技術集団なのです。

 

人間がひとり居なくなるということは、総合技術体系のいち部分が大きく欠落することを意味します。ゆえに、年齢やキャリアに限らず、技術者の技術領域と特性を保護することで、ひいては映像制作組織全体の利潤・発展にも繋がると確信します。

 

 

一方、ディスカウントしたくてウズウズしている人は、1回だけ高レベル技術者に仕事を依頼して、完成物だけでなく中間物まで提出させて、その次からは手下の安くコキ扱える人間たちに技術をコピーさせて劣化運用させて、はい、技術の大安売りのいっちょあがり‥‥とご満悦なわけです。そして出てくる言葉は、「現場の低コスト化に貢献した」‥‥です。

 

そういう安易な共有感覚に基づく、因習化したディスカウント感覚は、アニメ業界を技術低評価=低額作業費へと邁進させる元凶になっていると思いますし、どんなに技術を高めてもこの業界では報われないんだ‥‥という絶望感にも繋がっているとも思います。

 

 

 

アニメ業界は、色々な部分で綻びが生じています。でも、自分自身まで、自分たちの技術集団まで、綻びを共にする必要はありません。業界の破綻構造まで共有する必要はないです。

 

まずは自分たちの集団から、技術の取り扱いの是非を実践していくのが肝要です。

 

大風呂敷を広げて挫折するのではなく、身の回りから地道に固めていけば良いのです。

 

 

 


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